カレマネ
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最近はあまり話題に上らなくなったが、ひところOECDの実施したPISA学力調査が大きな話題となった。世界各国の15歳児の学力を、世界共通のテストで測定したのだから、関心が集まるのは当然である。どこの国でも自国の順位に神経質になり、順位があまりにも低い国では、原因追及が始まった。それがエスカレートした場合には、いくつかの国では「犯人探し」が始まった。その過程では、各国の成績格差を説明する様々な「仮説」が生まれた。その仮説を検証するための科学的な分析が展開された。いわく一人当たり教育費の差が原因である、教員の養成レベルが原因である、親の関心度が子どもの成績の良し悪しを決める、などなど。ところがこの本の著者は、それとは違った手法を用いた。その手法とはそれぞれの国に「現地調査員」を送り込み、生の高校生活を取材させ、その情報をもとに高い成績の背景を探るという手法である。選び出した現地調査員とは、PISA試験を受けたのと同じ年齢のアメリカ人高校生。送り込んだ先は、フィンランド、韓国、ポーランドである。フィンランドは最も優れた成績をおさめ、世界各国の視察団を呼び集めた国。韓国もまた高い成績を挙げた国。ポーランドは必ずしも成績が高いとはいえないものの、近年急速に成績を上昇させた国として、世界の注目を集めた。この本で最も興味深いのが、この高校生が送ってくる現地報告である。例えば韓国に送り込まれたアメリカ人高校生は、次のような光景に直面して驚いている。授業が始まると、3分の1の生徒達が机に突っ伏して眠りこむ光景である。中には机の上で居心地よく眠れるよう、腕に特製の枕を巻きつけた生徒もいる。ところが授業中寝ていた生徒も、授業時間が終わったからといって学校を離れるわけではなく、今度は夜間の補習授業を受ける。それが夜9時まで続くが、これで終わりかと思うと、その後かなりの者が予備校に出かけ、夜11時まで勉強をする。全ては上位3大学の合格を目指してのことである。この目標を達成するのは全体の2%でしかない。韓国の生徒が学校にいる時間は12時間以上。これは学校に住んでいるも同然。この光景を目撃してこのアメリカ人留学生は気づく。「韓国の生徒が授業中眠るのはみな疲れているからだ」。またフィンランドでは教員全員が高校卒業時の成績が上位3分の1以内に入っているのに、アメリカでは20%でしかなく、教員志望者よりもフットボール選手希望者の学力水準のほうが高いという耳の痛い事実を指摘している。さらにはついこの前までは成人のかなりの部分が文字の読み書きのできなかったポーランドが、どうやって短期間に成績上昇を遂げることができたのかという疑問に対しては、ごく最近行われた根本的な大改革のリーダーを探し出し、その口から「全てはやる気を持った教員を集めることだ」と語らせている。アメリカでは増額された教育費が、電子黒板やタブレットの購入に費やされるのに、ほかの国の場合、教員一人当たり生徒数を削減したり、優れた教員を集めることに費やされていることを取り出している。著者はアメリカの「タイム」や「アトランティック」等の一流ジャーナルへの寄稿者なので、その語り口は滑らかで、説得的である。もちろん国別の格差を説明する明確・単純な結論は望むべくもないが、現地調査員の観察や、背景になる情報の中に考えるべきヒントが多く含まれている。アマンダ・リプリー 著 北 和丈 訳『世界教育戦争─優秀な子供をいかに生み出すか』(2015年 中央公論新社)高校生が探る世界成績格差の原因様々な情報に潜む格差分析のヒント
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