カレッジマネジメント195号
2/56
ユネスコはいくつかの研究機関を持っているが、その一つに「国際教育計画研究所」がある。その歴史は古く、発足したのは1963年だったのだから、既に半世紀の歴史を持っていることになる。第二次世界大戦後、ユネスコが設立された時、世界共通の課題として設定されたのは、識字能力の普遍化だった。その当時世界はかなりの規模の読み書きのできない非識字人口を抱えていた。それを克服することは、人類普遍の目標として設定され、多くの国々の支持を受けた。この読み書きの不自由な人々にいかに接近し、いかなる方法を用いて読み書き能力を伝えてゆくかが第一の課題となった。まずは識字を具体的にいかに定義するか、そこから議論は始まった。自分の名前が書けるといった基礎的な能力から始まり、やがては「機能的識字」という言葉が生まれるとともに、基礎的な計算能力が含まれるようになり、さらには地図を正確に読み取ることができるかといった、社会生活を行ってゆくうえで、欠かせない基礎能力が課題となった。関心の対象は、はじめは発展途上国の子どもだったが、やがて先進諸国の成人を含めたグローバルな規模に拡大していった。先進国に住む成人もまた、社会生活の高度化・複雑化とともに、身につけなければならない基礎能力の範囲が拡大したからである。つまり識字は子ども世代の課題に限らず、成人世代の基礎能力にまで発展した。この間、ユネスコの辿った道は平坦だったわけではない。国際機関の通例として、加盟政府間の意見対立から、主要国が脱退したり、分担金払込みが遅延し、それがユネスコの活動を阻害させたこともあった。あるいは世界の指導国の一流新聞社がユネスコの活動を「途方もない資金の浪費」と決めつけたために、ユネスコの威信が著しく損なわれ、活動が阻害される場面もあった。しかしこの地上から自分の名前さえ書けず、基礎的な計算もできない人々をなくすという人類共通の活動は営々と継続されてきた。この活動のなかで国際教育計画研究所が果たした役割は大きかった。こうした潮流を背景としてその時々の必要に応じて、国際教育計画研究所は基本的なガイドライン、現状分析の報告書、あるいは政策担当者、教育計画策定者のためのマニュアルを作成し、刊行してきた。その数は現時点で既に100点を超えるという。ここで取り上げる「ユネスコ国際教育政策叢書」はその中から厳選した12冊であるが、それらを黒田一雄・北村友人教授が監訳者となり日本語に翻訳されることとなった。この研究所が最初に刊行したのは、初代の所長であったフィリップ・クームズ著の「教育計画とは何か」で、それは1970年のことだった。その当時、評者はまだ駆け出しの研究者として、この本を教科書を読む思いで読み進めたが、その人間が既に80歳を超えるまでになった。時間の経つのがいかに早いかを思うよりも、つくづく継続は勝負なりと思うばかりである。今回の叢書にはいくつかその時代を画した報告書が含まれている。本来ならばこの12冊全てを紹介する必要があるのだろうが、それだけのスペースがないので、評者の独断で『国際学力調査と教育政策』だけを写真で紹介するにとどめておく。この本では、なぜ国際学力調査が必要なのかから始まって、信頼できる調査結果を得るにはどのような技術的な見地が必要なのか、さらには各国の政策担当者はこの調査結果から何を学び取るべきかといった側面までが、具体的な事例を織り交ぜながら書かれている。子どもばかりでなく、成人を含めた基礎学力の確保は、今後もますます重要課題となってゆくことだろう。N・ポッスルウェイト 著 野村真作 訳・解説『国際学力調査と教育政策』(2015年 東信堂)時代とともに変化する必要な基礎能力時代ごとの教科書となる国際学力調査
元のページ