カレッジマネジメント199号
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63リクルート カレッジマネジメント199 / Jul. - Aug. 2016事故が起きた場合の責任の所在という法律上の問題をはじめ社会的課題の検討が不可欠である。狭い専門分野に閉じこもるタコツボ化の弊害はかねてより指摘され続けてきた。学際的な研究も徐々に増えつつあるが、全体から見ればなお一部にすぎない。AIがもたらす構造的な変化は学術研究のあり方を問い直す好機でもある。雇用や仕事の変化がどのような規模と速度で起こり、如何なる未来が出現するのかについて、多様な見方が示されているものの、不確実性は高い。そのような中で、大学教育のあり方を考えることは難しい。より直接的な課題から検討すると、AIの進化を担う人材の育成は急務である。機械学習、ロボット工学、統計科学、脳科学等関連分野において、高度な専門的知識と技能を有した人材を育成していかなければならない。その一方で、世界ではグーグルをはじめとするハイテク大手が優れた研究者や学生に高額報酬を示して大学から引き抜く動きが増えているという。人材の育成に当たり産学間の連携は不可欠だが、一定の緊張関係も必要となる。一筋縄でいかない難しさがある。次に検討するべきは、AIを利用して付加価値を生み出す能力・技能の育成である。①計算機、ソフトウエア、ネットワーク、情報セキュリティーなど情報技術の基礎的知識、②統計学の考え方、統計データの読み方、一定レベルの解析技能、③AIのメカニズムと脳科学に関する基礎的知識など、少なくとも3分野については、文系か理系かを問わず、カリキュラムに位置付け、相互に関連付けながら、確かな知識・技能を身につけさせるべきであろう。その上で、創造性、コミュニケーション能力、リーダーシップ等の基盤となる教養を養うことが大切である。このことに関連して、猪木武徳青山学院大学特任教授は次のように述べている。古典を含む人文学や社会科学の遺産をよく学び、数学と哲学・言語(特に読解力と作文力)の訓練を通して、何が自分と人間社会全体にとって価値あるものなのかを不確実性を前提に大学教育のあり方を構想する検討し、「権威」に依拠しない自らの考えをまず母語で正確に語る能力、説得力のある文章を書く力を養うことを、これからの大学の教養教育は忘れてはならない。そこにこそ大学の生き残る道がある(「実学・虚学・権威主義〜学問はどう「役に立つ」のか」『中央公論』2016年2月号)。AIを活用して大学の教育研究や経営を如何に高度で効率的なものに再構築するかという視点は、将来に向けて競争力を確保する上で極めて重要である。例えば、個々の学生について出願・入試から卒業・就職までのあらゆる情報をデータ化し、それを読み込ませることで、教育改善につなげたり、個別支援が必要な学生を抽出したりすることが可能になるだろう。「AIによるエンロールメントマネジメントの高度化」といえる。さらに、野村総研の調査結果を前提にすると事務的業務は大幅に機械に代替されることになる。それによって生じた余力を、きめ細やかな学生サービス、職員の自己研鑽、ワークライフバランス等に活用することで、職場や働き方をより良い方向に大きく変えることができる。実現は容易でないが、このような視点でAIの動向に関心を持ち、足元の仕事を見直すことは意味のあることであり、将来の導入に備えた準備にもなる。AIが自分の能力を超えるAIを自ら生み出せるようになる時点をシンギュラリティ(Singularity=技術的特異点)と呼び、2045年にそれが訪れるとの見方があり、話題になっている。やや過熱気味とも思われるが、AIは教育や仕事を問い直すだけでなく、人間の存在や社会のあり方を深く考える機会を提供してくれる。引き続き考えていきたいテーマである。AIの活用で大学業務を高度化・効率化する【参考文献】松尾豊『人工知能は人間を超えるか〜ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA, 2015)エリック・ブリニョルフソン,アンドリュー・マカフィー(村井章子訳)『機械との競争』(日経BP社, 2013)
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