カレッジマネジメント203号
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43リクルート カレッジマネジメント203 / Mar. - Apr. 2017(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)いるのは教員FDだと辻校長は強調する。「これまでも教員を世界に出向かせ、フィールドワークを通して身体で覚えた味・所作を知識として教育に落とし込む。それをフランス、イタリア、中国、日本、製菓・製パン全てで行ってきた。ここが我々の最も強いところ」と辻校長は胸を張る。こうした経験を知見・知財として学校に蓄積してきた。身体化したものをいかに言語化しレシピ化するのか、つまり、暗黙知をいかに形式知に転換してカリキュラムに落とし込むのか。これはまさに、辻 静雄氏が常に拘り続け、実践し続けていた問いだ。料理技術で日本が世界トップになった今、海外に拘らずとも日本にいながらにして技術や情報を学べるようになったが、以前は教員が2年ほどどっぷりと現地に滞在してくる例も少なくなかったという。辻校長自身、今でも職員の顔を見れば「FD、FD」と口酸っぱく言うそうだ。一般に、専門学校は外部から実務教員を動員して最新の実践的知識を導入し、教育を行うことが多い。辻調のように専属教員を相手に熱心にFDを行う専門学校は稀有だ。そもそも静雄氏自身が、外からプロを連れてきて単に現場の技術を教授して学費をとるような学校であってはならないと考えていたそうだ。辻調では、ただ教える・与えるだけでなく、学生の可能性を引き出す職業教育を追求してきたと辻校長は言う。そのためには、専門学校にも研究機能が必要というのが基本的姿勢だ。辻調が設立当初から調理研究を重視してきたのは既に見た通りだ。加えて、近年は食品衛生管理に関するHACCP(ハサップ)やジビエに関する知識も求められるようになっている。1970年代から連綿と受け継いできた教員研修の伝統は今も生き続けている。業界連携と海外展開で進める教育の質向上結局のところ、辻調は職業教育において、本物を教える、本物を見る、本物を知るという「本物との接点」を大切にしてきたと言えそうだ。そんな拘りを常に学生にも教えてきた効果が出ているのではないか。例えば、地方で人一倍手間と時間をかけて作られた料理に出会うと、それを手掛けたのが辻調の卒業生だったということも少なくないと辻校長は述べる。華やかにスポットライトを浴びているというよりも、それぞれの持ち場で拘りを持って活躍している学生が圧倒的に多いように感じるという。学校として成功できているか否かをみる指標として重視するのは「質」だと、辻校長は強調する。ここでいう質とは、就職時における学生と就職先とのマッチングだ。飲食業界の求人数は多く、一人あたり7〜8件の求人があるなか、学生と企業とのマッチングを行うのは容易ではない。だからといって、学生にいい加減な就職はさせられない。良いマッチングを実現するために、学生の成績評価と企業評価について指標化を進めているという。企業には求人票と併せて「従業員育成プラン」をつけてもらい、それに企業評価を重ね合わせて分析することで、学生の志向性や成績評価とのマッチングを行う。さらに、業界との連携として「教育課程編成委員会」を設置し、食の専門家をお呼びしてカリキュラム改革に関する意見交換を行っているそうだ。業界と密接な距離を保つことが辻調の職業教育のレベル向上に大きく貢献していると言える。他方、海外展開も辻調の教育の質向上に役立っているようだ。辻調は、2012年にタイ・バンコクにあるデュシタニ・カレッジと教育連携協定を締結し、日本料理学科を設置して今年で5年になる。さらに、アメリカ・ニューヨークのThe Culinary Institute of America(CIA)には、2016年9月にプロトタイプとなる日本料理講座(Advanced Cooking: Japanese Cuisine,約3カ月間)を開講し、今年9月には正式な学科になる予定だ。加えて、韓国の二つの学校と教育連携を結んでもいる。教員が相互に往来して授業を行う。ただ、必ずしも独自で海外進出しようとしているわけではない。その国の地域性や国民性を理解したうえで、どう教え、何を達成するのか見通して教育を行う責任が学校にはあるからだ。むしろ国際展開は、日本料理を教える神髄とは何かを再考し、カリキュラムの国際通用性を高め、教員FDを進める好機になっているという。辻校長は、グループ発展・展開の軸をとにかく「教員FDに尽きる」と強調する。そのためには食を対象にした幅広い研究機能も重要であり、技術者は技術修得のみならず、研究マインドを持つべきという言葉も印象的だ。日本の職業教育が大きく変わろうとするなか、その先頭には今後も辻調の姿があるに違いない。特集日本型職業教育の未来

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