カレッジマネジメント204号
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14リクルート カレッジマネジメント204 / May - Jun. 2017英国の欧州連合からの離脱、米国大統領による「内向き」政策の推進、欧州諸国における極右政党の興隆といった世界情勢は、1990年代以降展開してきたグローバル経済の下で、国民生活を支えてきた雇用の安定や社会的賃金の概念が大きく損なわれ、社会経済的格差が著しく増大してきたことに反発する「民意」を反映していると言ってよいだろう。グローバル経済がもたらした社会の歪みは、国民の雇用や福祉、富の再配分のあり方について抜本的な見直しを迫っている。そうした時代にあって、高等教育自体のグローバル化について、どう考えればよいのか。格差拡大に起因する社会の分断は、国籍・民族・文化・言語・宗教の異なる人々の交流の抑制を求めるものではない。とりわけ、新たな知識の創造・普及・継承の役割を担う高等教育においては、この困難な時代を切り開いていくために、異なる認識枠組みを持つ人々の自由な学術交流が今後ますます重要になってくることは必至である。人類が直面する複合的な課題について探究し、解決していくためには、国家を単位とした頭脳流入・流出の議論を乗り越えて、多面的に連携協力していくことが求められるからである。グローバル経済の課題を克服し、新しいグローバル社会システムをデザインしていく人材を養成していくためにも、大学はあらゆる境界を横断する、開かれた学びの場を構築していかなければならない。大学を世界に開かれたものにするということは、単に、留学生を多く受け入れたり、送り出したりすることではない。学事暦を変更したり、英語による授業を提供したりすることで学生の移動は促進されるかもしれないが、学びの質が必ずしも向上するわけではない。大学を世界に開かれたものにするということは、学生に国際水準の学修成果を獲得させることであり、そのことを可視化することで、学修の成果として授与される学位の価値が国内外で広く承認されるようにすることである。学位の国際通用性を保証するためには、いかなる制度を整備し、何を実質化すればよいのか。本稿では、①高等教育圏の確立、②国際協定の締結、③国際認証という3つのアプローチに着目し、それぞれの先駆的事例の特徴を整理することを通して、日本の大学への示唆を導くことを目指す。高等教育圏の確立─ボローニャ・プロセスとチューニングボローニャプロセス─制度的枠組みの共有高等教育圏を確立する世界で最初の取り組みが、欧州29カ国の教育大臣によるボローニャ宣言の署名によって、1999年に始動した(2017年現在の参加国は48カ国)。ボローニャ・プロセスと呼ばれるこの取り組みは、「学位」「単位」「質保証」の制度を共有する欧州高等教育圏の構築を目指すものである。大学教員・学生の移動を通して大学間の相互承認・信頼の関係を構築してきた中世以来の伝統に根ざしており、移動の障壁を取り除くために「中等教育修了資格」「学修期間」「学位・資格」の同等性を承認する協定を締結することで、第二次世界大戦がもたらした欧州大陸の分断を架橋しようとしてきた戦後努力の延長線上に構想された。学位制度では、3サイクル(学士、修士、博士)を基本形と専門は比較教育学、教育社会学、高等教育論。修士(京都大学)、Ph.D.(コロンビア大学)。東京大学社会科学研究所助手、京都女子大学短期大学部講師・准教授を経て、2008年より国立教育政策研究所高等教育研究部に勤務。2015年副部長、2016年より部長。深堀聰子国立教育政策研究所 高等教育研究部長チューニング情報拠点 代表学位の国際通用性を保証する3つのアプローチ高等教育圏・国際協定・国際認証グローバル化再考─高等教育の役割

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