カレッジマネジメント205号
61/68

65リクルート カレッジマネジメント205 / Jul. - Aug. 2017価値観や考え方を組織文化として定着させる中段右側の要領、手順、段取りは、生産性に直結する要素である。仕事の優先順位づけもこれに含まれる。特に、上位者の段取りの巧拙は、部下の働きやすさや職務満足感に大きな影響を与える。組織全体の生産性を高めたいならば、これらの能力に長けた人材を一人でも多く育成すべきであるが、座学でノウハウを伝えても、仕事の経験を積ませても、容易に身につくものではない。このような能力に長けた上司や先輩が周囲におり、その仕事ぶりを見ながら、職場学習を重ねていくことが最良の方法である。中段左側の信念、価値観、考え方も、生産性や仕事の質に関わる重要な要素である。誰のために、何を重視して仕事をするかは価値観の問題であり、「日々改善」、「良い品(しな)、良い考(かんがえ)」等に代表されるトヨタ生産方式の思想等は、本稿でいう考え方に相当する。学ぶべき事例は大学にもある。坂田昌一教授率いる名古屋大学の物理学教室が、全ての教員と大学院生が対等な立場で自由に議論する体制を憲章に定め、定着させてきたことが、今日の研究水準の高さに繋がっていると言われている。小林誠・益川敏英両教授のノーベル物理学賞受賞はその象徴である。要領・手順・段取りも信念・価値観・考え方も促成栽培に馴染まない能力であるが、一度身についた能力や定着した組織文化は容易に廃れない。これらの能力を培うための息の長い取り組みを展開すべきである。誠意ある仕事の積み重ねで信頼を蓄積する説明能力は、学校教育段階でも養われるが、仕事においては多様なシチュエーションで、その時々に応じた説明が求められる。説明を受ける相手の状況を踏まえた工夫や配慮も必要である。要旨をA4一枚にまとめ、ざっと目を通しただけで内容を把握できる文書を作成し、短時間に簡潔に説明する能力も養っていく必要がある。あまりに具体的で細かすぎる話ではあるが、実際の仕事はこのようなことの積み重ねでもある。相手の立場やニーズに配慮しながら、互いにストレスを感じないように、誠意を持って仕事をする。その繰り返しの中で、コミュニケーション能力が磨かれ、チームワークや協働する力が身についてくる。それが信頼に繋がり、信頼が蓄積されることで、他者に対する働きかけが有効に機能するようになる。リーダーシップの発揮とはこのような状況を意味する。実践的で体系的なプログラムの開発が不可欠最後に、組織の動かし方と仕事の進め方の基礎となる能力を身につけるための方策について考えてみたい。前者については、学長、副学長、学部長、事務局長等を対象とする組織の動かし方に焦点をあてた体系的な教育プログラムを開発し、一定期間集中して受講できる形で開講することを提案したい。そのプログラムでは、経営学の基礎的な知識を体系的に学んだ後、実際に組織を動かしてきた企業経営者の話を聴き、それらを踏まえて、ワークショップ形式で大学組織を動かすために何が必要かを徹底的に話し合う。このような体験を通して、組織を動かすための考え方や方法が理解できれば、あとは経験を重ねることで能力が身についてくるはずである。組織を動かすための何の準備もなく、マネジメントを行えるほど、大学が置かれた環境は甘くない。仕事の進め方については、上司・先輩の仕事ぶりに学ぶことができれば、それが最良の方法だが、恵まれた育成環境にある職場ばかりではないだろう。そのためにも、実践的な知をベースにした教育プログラムを開発し、座学とワークショップを組み合わせた学びの機会を準備する必要がある。大学をより良い方向に導くためにも、組織の動かし方、仕事の進め方のそれぞれに関する実践的能力を有した人材の育成に、設置形態を超えて早急に取り組む必要がある。

元のページ  ../index.html#61

このブックを見る