カレッジマネジメント206号
52/88

52リクルート カレッジマネジメント206 / Sep. - Oct. 201721世紀においても科学技術が目まぐるしく進化を続けるなか、政府の「第5期科学技術基本計画」は、Society5.0(超スマート社会)の実現を通して新しい社会的価値や経済的価値を生み出していく必要性を謳っている。今や、メディアやネットを通してAIやIoTといった新たな技術や仕組みが社会を変えつつあることが伝えられる機会も少なくない。我々の暮らしが具体的にどう変わろうとしているのかは必ずしもはっきり見えてきているわけではないものの、来るべき新しい社会の姿を描き、そこで求められる専門性とそれを十全に発揮できる人材を育成していく必要性が高まっていることは確かだろう。本稿では、そんな最先端の知識や技術の教育を推進する大学として、大阪工業大学(以下、大工大)に着目したい。大工大は、2017年4月「ロボティクス&デザイン工学部」を新設し、21世紀に求められる理工学教育をめぐって様々な取り組みを始めている。大工大・梅田キャンパスに西村泰志学長、宮岸幸正副学長を訪ね、お話を伺った。そもそも大工大の始まりは今から100年前の大正期に遡る。大正11(1922)年に創設された「関西工学専修学校」がその嚆矢だ。明治半ばから後期にかけての大阪では、電気、電話、水道、市電、ガスといった都市インフラが次々に整備されるとともに、商業都市として知られた大阪は工業都市へと変化を遂げつつあった。特に、第一次世界大戦の特需景気によって軽工業から重工業へと産業構造が変化するなか、人口流入が起こり、大阪は東京よりも多くの人口を抱えるまでになった。しかし他方で、大阪には依然として都市整備や工業発展のための技術者が十分にいなかった。まずは、現場で工業化を担うことのできる技術専門職業人を育成すること、それが喫緊の課題だった。「関西工学専修学校」は、そんな時代的・社会的要請に応える地域貢献型の学校として、建築と土木の二つの学科でスタートを切った。それを率いたのは初代校長の片かたおか岡 安やすし氏だ。片岡氏は、辰たつの野金きん吾ご氏(東京駅や日本銀行本店の設計者)とともに、大阪市中央公会堂(国指定重要文化財)を設計する等明治から昭和にかけて活躍した建築家として知られる。片岡校長は、「工業化する大阪の現場に即戦力として活躍できる人材、都市改造の現場ですぐに役立つ人材を輩出すること」に情熱を注いだ。そのことは、現在まで続く「建学の精神」に明瞭に表現されている。「世のため、人のため、地域のために、理論に裏付けられた実践的技術をもち、現場で活躍できる専門職業人を育成する。」この建学の精神に則り、「関西工学専修学校」は高度技術者養成を一貫して進めてきた。事実、学校を「技術×デザイン」で未来のものづくりを支える専門職業人を育成西村泰志 学長大阪工業大学C A S E2大阪のインフラ整備を支える学校として出発

元のページ  ../index.html#52

このブックを見る