カレッジマネジメント207号
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これまで何人かの人が帝国大学の歴史を書いてきた。例えば大久保利謙氏の『日本の大学』(創元社、1943年)という古典から始まって、中山茂氏の『帝国大学の誕生』(中央公論社、1978年)、寺崎昌男氏の『プロムナード東京大学史』(東京大学出版会、1992年)、立花隆氏の『天皇と東大』上・下(文藝春秋、2005年)等がある。これら先行研究者と比較して現代の執筆者にとって有利な点は、既に公式な大学史が出版されている点である。これらの大学史は創設50周年、あるいは100周年といったお目出たい時に刊行されるので、「式典大学史」と呼ぶことができる。大学の名で刊行された以上、その大学の「公式文書」として権威を持ち、そこには普段一般人が触れることができない文書なり記録が集められている。その結果、現代の執筆者は資料探索の労力を大幅に軽減することができる。その点あとから生まれてきた世代のほうが有利だといえる。ただこれらの式典大学史には、それなりの限界なり偏りがある。だいたい創設100周年といったお目出たい式典に合わせて刊行されるのだから、その大学のマイナス面は書かれない。現に東京大学百年史委員会の編集委員長だった寺崎氏は、「公式の百年史に書けないところに面白いことがある」と言って、委員長の座を降りたあと、『プロムナード東京大学百年史』を執筆し刊行した。つまり「式年大学史」は便利ではあるが、ある種のゆがみ、偏りがある。天野郁夫氏の書いた『帝国大学』は、これら式典大学史に多くを頼っているが、その反面、これら式典大学史以外の分野から現れた研究成果については無反応である。その一例として、かねてから疑問視されてきた帝国大学初代総長渡邉洪基に関する記述があげられる。歴代の歴史家は渡邉が初代帝国大学総長であるにも拘わらず、なぜか彼を無視してきた。既に2016年の時点で瀧井一博氏は綿密な資料考証をもとに、単著『渡邉洪基』(ミネルヴァ書房、2016年)を刊行し、この無視されてきた初代総長の功績を高く評価した。その中で天野氏の業績を取り上げ、「最近発表された教育史の大家の手になる日本大学史の通史には名すら出てこない」と批判していたが、今回の『帝国大学』でも相変わらず、渡邊の名すら出てこない。瀧井氏の優れた研究成果が刊行済みであるにも拘わらずである。もっと大きな問題は本書が副題として掲げている「エリート育成装置」のエリート性である。帝国大学をエリート育成装置と形容するなら、いかなるエリート像が求められたのか、いかなる装置によってエリート性が育成されたのか、あるいはされなかったのかが問われる必要がある。これまで帝国大学の特権性は多く記述され、検証されてきた。しかし特権性とエリート性は違う。エリート育成装置と銘打ちながら、本書では帝国大学のエリート性には全く触れられていない。その原因はどこにあるのだろうか。著者自身が告白しているように、著者は東大教授の職にあったが、正規のコースを経たわけではない。端的に言えば教養学部での経験が欠けている。だから現職時代から著者の東大についての認識は、悪いけれどずれていた。こうした著者のキャリア上の欠落がエリート性という高度の内部観察と省察を必要とするテーマを論じさせなかったのだろうか。ここで今の若い研究者世代に言いたい。彼らは最近「問いの空洞化」等と言い出しているが、そんなゆとりはない。疑問とすべきポイント、問いはいくらでも転がっている。それを察知する能力を磨くべきである。天野郁夫 著『帝国大学─近代日本のエリート育成装置』(2017年 中公新書)式典大学史故の利便性と偏り「問いの空洞化」を論じるゆとりはない

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