カレッジマネジメント208号
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46カンボジアは、1970年代から続いた内戦がようやく終結した1990年代後半から急速な経済成長を遂げ、2000年代には8~10%前後の経済成長率を記録した。その後、リーマン・ショックの影響で一時的に落ち込んだとはいえ、2010年代に入ってからも7%前後の高い水準を維持している。こうした経済の着実な成長は、カンボジアの高等教育にも大きな影響を及ぼしている。例えば、これまではごく一握りの富裕層の子弟や非常に高い資質を持った生徒達しかアクセスできなかった高等教育の機会が、少しずつではあるが都市部を中心に中間層へも開かれつつある。2015年の高等教育機関への就学率は13.1%(男性:14.3%、女性:11.8%)であり、2000年の2.1%や2005年の3.6%から大幅に上昇していることが分かる※1。大学の数も、初めての私立大学(ノートン大学)が設立された1997年には9校(うち8校が公立大学)であったのが、2016年末の時点で119校(公立:46校、私立:73校)と過去20年間で急速に増えている。しかしながら、カンボジアの高等教育は、依然としてアクセス、質、資金調達、管理運営等の面で大きな問題に直面している。高等教育就学率は、上述のように過去10年間でかなり向上してきたとはいえ、ほかの東南アジア諸国が20~40%台であるなか、ラオスの16.9%、ミャンマーの13.5%と並び、低い水準に留まっている。そこには、階層間、地域間、男女間の格差が厳然としてある。こうしたカンボジアの高等教育に関して、近年、教育・青年・スポーツ省(以下、教育省)を中心にカンボジア政府も改革のための様々な施策を積極的に打ち出している。とりわけ、急速に進展する社会経済開発の担い手となる人材の育成は、カンボジア高等教育にとって最も重要な課題である。そこで小論では、カンボジア政府がどのような高等教育改革を進めており、そのなかでどのような問題に直面しているのかを概説したい。カンボジアの高等教育改革は、2010年代に入ってから活発化している。なぜ近年、積極的な改革が行われているのか、その理由を理解するにはカンボジアの高等教育の歴史を振り返る必要がある。1953年にフランスから独立したカンボジアでは、1960年にクメール王立大学が設立されたことを皮切りに、1960年代には7つの王立大学が設立される等、高等教育セクターの拡充が目指された。しかし、1970年代後半のクメール・ルージュ政権時代に教育システムが破壊され、高等教育機関も全て閉鎖された。その後、ベトナムの支援を受けてカンプチア人民共和国が成立し、1980年代初頭に高等教育が再開した時には、わずか2つの高等教育機関(高等師範学校と外国語学校)から始まった。クメール王立大学を前身とするこの2つの機関は1988年に統合されてプノンペン大学となり、1996年には王立プノンペン大学と改称し、今日のカンボジアの高等教育における中核的大学となっている。そして、1990年代まで続いた内戦を終結するため1991年に和平協定が結ばれ、1993年にはカンボジア王国が誕生し、現在の高等教育制度が整備された。先述のように1990年代は1桁台の大学数であったのが、2000年代高等教育改革への取り組みリクルート カレッジマネジメント208 / Jan. - Feb. 2018質の向上に取り組むカンボジアの高等教育北村友人東京大学大学院教育学研究科 准教授王立プノンペン大学5

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