カレッジマネジメント208号
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47に入ってから急速に拡大し、2010年代になると質保証などをめぐって多様な議論や取り組みが積み重ねられている。しかしながら、急激な大学数の増加に対して、教育・研究の充実が追いついていないのが現状である。例えば、未だに学部卒で教壇に立つ教員が多く、博士号を取得している教員に至っては非常に少ないといった状況のなか、十分な質の教育や研究を行うことができていない。加えて、多くの大学で限られた種類と数の専門分野しか開講されておらず、その多くがビジネスや情報技術(IT)などの実務的な科目に偏ってしまっている。この傾向は特に私立大学において顕著であり、「大学」という名に実態が伴っていないケースが散見される。さらに、恒常的な資金難のために、教員の待遇や大学の施設・設備を改善することが思うようにならず、とりわけ公立大学ではそれらが教員の教育や研究に対するモチベーションの低さの要因となっている。その一方、潤沢な資金を持つ一部の私立大学が、それらの公立大学教員を非常勤講師として雇用するため、本務校(=公立大学)での教育が疎かになるといった弊害も生じている。こうした状況を鑑みて、教育省は2014年に「高等教育のヴィジョン2030へ向けた政策(Policy on Higher Education Vision 2030)」(以下、ヴィジョン2030)を発表し、高等教育改革を積極的に進めていくことを表明した。これは、2013年に就任したハン・チュオン・ナロン教育大臣が主導してまとめたものであり、もともと政府内では経済産業関係の要職を歴任してきたナロン大臣が畑違いの教育分野でどのような改革を推し進めるのか、同国の高等教育関係者達の大きな注目を集めた。このヴィジョン2030は8つの優先課題(表1)を掲げ、それらの課題に取り組むために、行動計画の策定と教育省・関連省庁・大学等の連携を進める体制整備が必要であると強調している。ヴィジョン2030が示した方向性を具体化したものが、「カンボジア高等教育行程表-2030年とその先へ(Cambodian Higher Education Roadmap: 2030 and Beyond)」(以下、行程表)である。これは2017年9月に最終版が完成し、今後、この行程表に沿って具体的な改革が加速していくと期待されている。先述のように2000年代以降に私立大学が急激に増えてきた要因としては、経済成長とともに、政治的な「安定」を指摘することができる。1990年代半ばから後半にかけて権力を掌握したフン・セン首相が率いるカンボジア人民党は、政治的に大きな影響力を保持してきた。このことが、民主化の停滞という深刻な問題を引き起こしつつも、ある意味で社会に「安定」をもたらしてきたと言える。そうした政治的・経済的に安定した環境が、企業経営者等による私立大学の設立への意欲を促してきた。経済成長に伴い、産業構造も徐々にではあるが転換しつつあり、未だ労働集約型の産業(農業や縫製業など)が主であるとはいえ、より高度の技能や専門性を持った労働者を必要とする産業が生まれつつある。そうした新し台頭する私立大学リクルート カレッジマネジメント208 / Jan. - Feb. 2018注 :2000年代以前はターニング・ポイントになった年のデータのみ。また、2003年と2008年についてはデータを入手することができなかった。出典:カンボジア教育省のホームページ、『JICA カンボジア工科大学機材整備計画準備調査報告書』、『JICA カンボジア国産業人材育成基盤形成に資する教育セクター情報収集・確認調査 ファイナルレポート』にもとづき作成。作成にあたっては、八木恵里子・東京大学特任研究員にご協力いただいた。図1 カンボジアにおける大学数の変遷1201008060198090972000010204050607091011121314151640200大学数年私立大学公立大学

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