カレッジマネジメント210号
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青年期を危機の時期としてとらえる試みは、かなり以前からなされてきた。例えば文化人類学者は、文明が複雑になるにつれて青年期の危機は増すと説いてきた。しかし近年に入り、この期間を危機の時期としてとらえる必要性が一段と高まった。特に経済のグローバル化とともに人々の生活基盤が一段と不安定化し、学校から職場への移行がスムーズに行われなくなったことが影響している。それを端的に示すのが若年失業の増加だった。欧米ではすでに1970年代から年々増加する若年失業が大きな政治問題、社会問題となっていた。しかし日本は例外だった。欧米諸国が大量の失業に悩まされる中、70年代の日本は高度経済成長を謳歌していた。そのころヨーロッパのある国の首相は、日本は自動車ばかり輸出するだけでなく、失業をも輸出していると、いら立ちを見せた。大量に流れ込む日本車の群れを見ながら、日本が大量失業の元凶にみえたのであろう。それに対して日本は高度成長の真っただ中にあり、欧米諸国を襲う若年失業問題からは無縁でありえた。こうした幸運な状態が過去のものとなったのは、バブル崩壊後であった。日本でも若年失業が顕在化し、就職できても短期の期限雇用ばかりで、雇用者、なかでも青年層の不安定化が顕在化した。その頃から欧米では「ブーメラン・キッズ」の増加が社会問題化した。ブーメラン・キッズとは一旦は就職・結婚とともに親元を離れても、30歳、40歳を超えた頃になると、離婚した、あるいは失職したといった理由で親元に戻ってくる若者たちのことである。実家に戻ってくる狙いは親世代たちの年金を頼ってのことである。親世代たちはせっかくの老後の年金生活を脅かされては困ると、恐慌に陥った。ブーメラン・キッズの登場・発生は、家族問題というよりも一つの社会問題となった。いずれの国でも同様な青年層が出現し、イタリアでは「マンマミーア世代」と呼ばれた、要するに「おかあちゃんの作ったごはんが一番おいしいよ」と言って、なかなか自立しない子供世代を表現している。またフランスではなかなか自立しない青年を主人公にしたテレビドラマが人気を集め、それが大いに話題となり、その主人公の名前をとった「タンギュイ現象」と呼ばれた。同種の現象は少し時間差をおいて日本にもやってきた。いつまでたっても実家から出ていかない子ども、自立しない若者世代がわが国でも家族問題、というよりも社会問題となって顕在化した。本書は2007年4月1日現在で20歳の全国の男女約4000名を対象に、毎年1回ずつ5年間にわたって、その時点での生活状態を、調査したパネル調査の報告である。5年間にわたって同じ対象を調査することは一見簡単そうに見えるがけっしてそうではない。それだけ安定した持続的な研究体制が必要である。本書には他の国で実施されたパネル調査が引用されているが、それらの多くは政府が研究組織を立ち上げて実施されている。しかし日本の場合は、複数の大学が研究組織を立ち上げて、それが主体となって調査が実施されている。その結果、他国に対しても同じ観点からテーマについて、貴重な情報を提供できる可能性が開かれた。調査結果の細部に立つことは避けるが、本書に参加した研究グループのおかげで、他国との比較が可能となり、若年失業の日本的な独自性と共通性を論じる基盤が提供されたことは大きい。乾 彰夫・本田由紀・中村高康 編『危機のなかの若者たち─教育とキャリアに関する5年間の追跡調査』(2017年 東京大学出版会)世界的社会問題となった若年層の失業他国比較が可能な貴重な情報源を提供

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