カレッジマネジメント211号
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39同じことは大学についてもいえる。苅谷(2017)は、オックスフォード大学など英米の代表的な大学の変革を紹介しながら、「古い歴史と実績を持つ大学ほど、それを維持するために猛烈な勢いで自己改革を進めています」と述べ、日本の大学に警鐘を鳴らしている。「自由と伝統を守りながら、自己革新を持続させることのできる組織」を早期に創り上げることができれば、2030年以降の視野もひらけてくる。近年、国が政策を示し、学長のリーダーシップの下での改革を促すという、国主導のうえからの改革が際立つようになった。その背後には、大学を時代遅れの存在と見なし、変革を強く迫る経済界の声もある。このような動きの全てを否定するつもりはないが、制度を変え、強い権限を与えれば、改革が進むとの考えはあまりに安易過ぎる。そもそも行政がどれだけ深くマネジメントについて考え、実践してきただろうか。企業経営には学ぶべき点も多いが、国に促されて女性活躍や働き方改革に取り組む企業も少なくない。大企業を中心に頻発する不祥事もマネジメントの不全を象徴している。マネジメントやリーダーシップについて学び、実践を通してそれを育むことは日本社会全体の課題といえる。本稿では、マネジメントの定義を「人に働きかけて、協働的な営みを発展させることによって、経営資源の転換効率や環境適応の能力と創造性を高めて、企業の目的を実現しようとする活動」(塩次・高橋・小林(2009))とし、「企業」を「組織」に置き換えて、議論を進めることにする。大学と企業は、根拠法令が異なり、組織の目的も性格も異なる。一方で、ヒト、モノ、カネ、情報という経営資源を投入し、価値を創出・提供するという点で通じるところも多い。費用構造を比較すると、平均的に大学は企業に比べて人件費比率が高い。数字で見る限り、ヒトの活用の巧拙が価値の創出に及ぼす度合いは企業以上に大きいといえる。それなのになぜ、人に働きかけ、協働的な営みを発展させるマネジメントが大学に根付かなかったのだろうか。人に働きかけ、協働的な営みを発展させる教員集団が意思決定を主導し、教員の活動や教員組織が聖域視されてきたこと、教員組織・職員組織共に組織を率いる能力を持った人材の育成環境が未成熟だったこと、需要が供給を上回る状況が長く続くなか、経営資源の効率的活用や環境適応への無関心が許容されてきたこと、などが理由として考えられる。状況は大きく変わりつつある。経営資源に対する制約が強まるなか、教育・研究・学生サービスの質を高めながら、グローバル化に対応し、地域・社会貢献を充実させ、社会人や留学生など18歳人口の減少を補う新たな需要の開拓、多様な収入源の確保などに取り組まなければならない。生産性を飛躍的に高め、協働的な営みを発展させ、創造性が発揮されるイノベーティブな組織を築き上げない限り、これらの課題を効果的に解決することはできない。人に働きかけ、協働的な営みを発展させるマネジメントを早期に大学に根付かせていく必要がある。小さな問題を一つひとつ解決することで、ある目的を達成しようとする手法をピースミール・エンジニアリング(piecemeal engineering)と呼ぶが、まさに「改善」は日々の積み重ねこそ大切である。これに対して「改革」は、断片的な取り組みでは大きな成果を得られない。目指す姿に到達するための道筋としての「戦略」の全体像を示したうえで、総合的・体系的に取り組む必要がある。その戦略の柱は、「組織の設計」と「人事管理の確立」である。連載75(本誌第209号)では、「組織と人事は車の両輪」との考えを示したうえで、組織の設計として、①組織・職位の機能、権限、責任の明確化、②意思決定プロセスの明確化、③業務の標準化とICTの高度利用、④「見える化」の徹底、⑤コミュニケーションの密度を高める仕組み、⑥持続的な改善を促進する仕掛け、の6点を挙げた。また、人事管理の確立については、個々人が大学で働くことに何を求めているのかを理解することが出発点とし、①求める役職者像、教員像、職員像の明確化、②キャリアパスと評価基準の明確化、③公平な評価と処遇、④体系的な組織と人事の一体的な改革が不可欠リクルート カレッジマネジメント211 / Jul. - Aug. 2018大学のマネジメント改革と組織のあり方とは
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