カレッジマネジメント211号
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45リクルート カレッジマネジメント211 / Jul. - Aug. 2018例えば、ブランディング策定過程が好例だ。そもそもブランディングとはキレイな包装紙に包むような広告のことではなく、大学の実態を社会に知ってもらうためのもの。だからこそ、学内でヒアリングやワークショップを実施し、法政を表す言葉やイメージを集める作業を重ねてきたのだと田中総長は語る。そんなプロセスが、期せずして先述の大学憲章の制定につながったそうだ。ブランディングを考えるなかで、教職員が「法政」を知り、納得し、そして浸透していくこと、そんなプロセスこそが大切であることに気づいたのだという。こうして積み上げられたブランディングに関する実践は、法政に実際的な変化をもたらしつつあるように見える。毎年教職員を対象にブランディング・ワークショップが開催され、大学憲章が謳う「自由を生き抜く実践知」を自分ごととして捉えてみる機会が設けられているほか、大学憲章を体現する教育・研究等の諸活動を顕彰することを目的に「自由を生き抜く実践知大賞」が実施される等、大学憲章をレトリックにとどまらせず、実践に昇華させる挑戦が続いている(法政フロネシスのサイト参照http://phronesis.hosei.ac.jp/)。コミュニケーションが重視されたのは、中期経営計画の策定過程でも同様だ。2018年度から第1期が動き始めた中期経営計画だが、その策定に際しては、総長や常務理事の法人部門だけでなく、教学部門からも学部長や教育組織の長が参加してワークショップを開催したそうだ。役員だけで考えるのではなく教育現場の教職員達に耳を傾けることで、取り組み内容に漏れがあればすくい取り、計画の優先順位を決めていったという。役員になると見えている範囲には自ずと限界がある、だからこそできるだけ多くの人を巻き込み、現場の意見を聴き、一緒に考えることが大切だと田中総長は強調する。その意味で、「HOSEI 2030ニュース」も重要なツールだ。ビジョン策定やプラン実施の過程を学内関係者に伝える広報媒体として機能し、現在も随時、新情報を伝えている。さらに、大学ホームページにはHOSEI 2030特設サイト(http://hosei2030.hosei.ac.jp/)が設けられ、学内外に向けて積極的に情報発信を続けている。大学経営に携わる者にとって、こうした法政の「経験」は極めて示唆に富むものだ。確かに、法政は首都圏に立地し、伝統を有する日本有数の大規模私立大学だ。我が大学とは違いすぎると片づけてしまうこともできなくはない。しかしそれは早計だ。大学経営危機の時代、大学全体で危機感や課題を共有し、今後の改善方策を明確にしながら解決に導いていけるビジョンとリーダーシップが必要とされていることは、大学の規模や立地を問わない。むしろ、関係する学生、教職員、地域社会等々、多様なステークホルダーをまとめ上げていく苦労を考えれば、大規模大学のほうが不利だともいえる。法政の強みは、真っ当な危機感とそれに対処し得る知性を合わせ持ち、着実に現実を変えていこうとするリーダーシップが発揮されている点だ。ただ、改革を先導する田中総長の手法は単純なトップダウン型ではない。むしろ、「教職員の多様性(ダイバーシティ)を活かすこと、協力することで組織の強さが出てくる」という言葉が示唆する通り、現場の声を重視する包摂型リーダーシップを発揮されているという印象が強い。長期ビジョンにおいて「ダイバーシティ化」が示され、実際に「ダイバーシティ宣言」が制定されたことを見ても一本筋が通っていると見ていいだろう。ビジョンとリーダーシップを整合的に機能させているところからは学ぶ点が多い。インタビューの最後、著名な江戸学研究者であり歴史家でもある田中総長の目に、日本の大学がどう映っているのかを訊ねた。「グローバル化の中で日本の大学が見捨てられるのではないか」。田中総長は、日本の大学が独自性を喪失しつつあることへの懸念を表明される。法政が2017年度「私立大学研究ブランディング事業」の選定を受けて江戸東京研究センターを設立し、「江戸東京研究の先端的・学際的拠点形成」を推進しているのは、日本学や江戸東京研究の可能性に一つの活路を見いだすからだ。日本の大学が他国の大学では学べないことを提供できることの重要性を田中総長は強調する。つまるところ、法政で進む改革は、そんな時間軸・空間軸の広さに支えられているのではないか。2030年を見据えて着実に歩を進める法政が、大学自ら「自由を生き抜く実践知」をどう具現化していくのか、目が離せない。(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)事例①特集 2030年の高等教育法政の改革が示唆するもの

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