カレッジマネジメント211号
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53リクルート カレッジマネジメント211 / Jul. - Aug. 2018訓である「三実」を現在の学生にどのように当てはめることができるか、「学生支援が充実している」という時には、具体的にどのようなところが充実しているのか、「地域貢献を行っている」という時には、具体的にどのような地域と連携し、どのようなことが行われているのかを確認するというように、一つひとつの項目を丁寧に検討してきたという。そして、このプロセスの中で、各学部や部署では把握していても、大学全体としては把握していないことに気づいたり、大学として「強い」と思っていたことがそうでもなかったことに気づいたりすることがあったという。具体例として、地域との連携は強みであると捉えていたが、愛媛県や松山市という地域の自治体から見たときには自分達が考えるほどの高い評価を得られていないという現状に気づいた。他方、学内の情報を集めることによって大学として把握できていなかった個々の教員やゼミ、学生による地域での活動を知ることができたこと等を、熊谷副学長は指摘した。長期経営計画の策定が、大学の客観的な現状把握、情報共有につながっているのである。このような長期経営計画の策定プロセスの中で、原案作成後、大学のウェブサイトを通じてパブリックコメントを実施した。このとき、卒業生からの様々なコメントや期待も寄せられたという。卒業生との連携は、学生の成長にとっても有意義であることから、全国に43支部を持つ同窓会組織である温山会との連携を含めた「卒業生連携」を基本戦略の一つとして項目に含めていたが、パブリックコメントを通じて各地区で活躍しているステークホルダーとしての卒業生の重要性を改めて認識する機会になったということである。そして、これらの10項目の基本戦略とともに、財務面での法人経営の到達目標として、基本金組入前当年度収支差額を毎年度、収入超過とすることや、翌年度繰越収支差額や減価償却引当特定資産について2026年度末までの目標額を設定する等、永続的な経営を続けるための経営条件の整備も組み込まれている。長期経営計画に基づいて大学経営を進めるに当たっては、人口減少下の時代における地方の大学としての将来数値目標を定め、全学的マネジメントの推進を目指すの立ち位置をどのように見据えるかが重要となる。このことについて、「松山大学にとっての地域は愛媛・松山であり、地域の中の大学である。一方で、中四国でNo.1の私立大学であることを目指し、周辺地域からの学生募集も進めていく。かつて、松山商科大学の頃は、多くの地域から学生が来ていた。18歳人口の減少期でもマーケットを広げていくように展開していきたい」と新井常務理事は話す。そのためには、「改組や新しい学部・学科を作るというアイデアはある一方で、松山大学は地域の要請から大学・学部を作ってきたという歴史もあるので、現在の学部構成の良さを維持していく」という。また、「短期大学を擁する法人として、柔軟に対応できるようにしていくことも必要になる。中規模の大学として機動的に動けるような体制としていきたい」とする。そして、溝上学長は「地域の18歳人口が減少する中、若者の人口流出を食い止めることが、地域のためにも大学のためにも必要となる。地域の若者を囲い込むのではなく、愛媛が他の地域から来てもらえるような場所になるよう、産官学で連携して取り組んでいきたい」とする。そして、10項目の基本戦略として示した方向性に対して、それを実現するための具体的内容を中期計画として、担当部署とのあいだで数値目標を含めた目標を設定していくという。そのうえで、長期経営計画と中期計画に基づいた全学的マネジメントを進めるにあたり、教学会議を通じて、全学的な情報と各学部の状況を共有するとともに、FDや教職協働を進めていくことで、その実現を図っていくという。このような2027年を目指した松山大学の長期経営計画の取り組みは、大学経営における地方の伝統大学の新たな挑戦であるといえよう。長期経営計画で10年後のビジョンと方向性を示し、その実質化のために数値目標を含めた中期計画を策定してその具体化を図っていくという大学経営は、変化の激しい現在の状況の中で、組織の方向性を共有しつつ、柔軟に計画的な発展を実現するための工夫であり、多くの大学に参考になるのではないだろうか。100周年という区切りを控えた伝統大学として、松山大学の長期経営計画と中期計画に基づいたこれからの新たな展開が注目される。(白川優治 千葉大学 国際教養学部 准教授)特集 2030年の高等教育事例③

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