カレッジマネジメント211号
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64近年のタイにおける高等教育は、国外からの圧力によって、変革を余儀なくされている。それは、市場経済とグローバリゼーションという2つの潮流によるものであると言われる。特に、2015年11月に発足したASEAN経済統合体(AEC:ASEAN Economic Community)は、東南アジア加盟10カ国の域内で、サービスや投資の自由化を推進しようとする大きなうねりであり、今後のタイ社会に大きな変革を迫る圧力となっている。教育分野において、AECは、グローバリゼーションの進む世界の中で、知識基盤型の国家を発展させることのできる人材養成に力を注ぐことを要請している。具体的に高等教育の分野においては、学生のモビリティを促すこと、国際的な質を保証すること、英語教育を改善すること、教員やスタッフの質を高めること、単位互換システムにより流動性を高めること等が求められており、今後20年をかけて新しい知識基盤型社会への移行を目指すタイにとって、その成否が鍵となる。タイは、地理的に東南アジア大陸部の中心に位置する国であり、その地政学的なメリットを生かし、1980年代以降、経済発展を続け、2010年より世界銀行の定義する上位中所得国の仲間入りを果たした(なお2015年現在、ASEANにおいて高所得国はシンガポール、ブルネイの2カ国、上位中所得国はタイとマレーシアの2カ国である)。しかしながら、国内の政治的混乱、自然災害等が逆風となるなか、GDP成長率は鈍化傾向にあり、世界市場経済の中で競争力を維持長期経済プランと高等教育することが大きな課題として突きつけられている。こうした課題に対応するべく2016年に打ち出されたのが、「タイランド4.0」(Thailand 4.0)という革新主導型経済への移行を志向した社会変革のビジョンである。これは、戦前の第1段階(農業)、戦後工業化の始まった第2段階(軽工業)、現在の第3段階(輸出志向の重工業)から脱却し、イノベーションや生産性をキーワードに、ICTを活用して付加価値を持続的に創造できる経済社会を構築しようとする構想である。2014年5月の軍クーデターによって発足したプラユット暫定政権は、2017年に憲法を改正し、同憲法で「国家戦略」を策定することが規定された。この国家戦略の方向性を示したビジョンが「タイランド4.0」であり、20年をかけた長期計画のもとに2036年までに高所得国入りすることを目標としている。「タイランド4.0」の開発アジェンダを、効果的に推進・達成していくために重要な鍵として位置づけられているのが、知識基盤社会に適合した教育システムの構築とそれに伴う国民の質の向上である。タイ教育省の国家高等教育委員会(OHEC:The Oce of the Higher Education Commission)は、「タイランド4.0」を支える、未来の世代の青写真として、豊富な知識を有し、高度に熟練した技術を持ち、社会的な責任を果たし、タイのアイデンティティーを保持しつつ、技術を創造的に活用できる人材を育成することを掲げている。タイの高等教育機関は、設置形態別に国立大学、私立大学、コミュニティ・カレッジに分けることができる。2017年現在、国立大学81校、私立大学75校、コミュニティ・カレッジ20キャンパスの計176校である。国立大学には、無試験量的拡充の実現と新たな課題リクルート カレッジマネジメント211 / Jul. - Aug. 2018長期的な社会変革を見据えたタイの高等教育戦略カンピラパーブ・スネート名古屋大学 大学院国際開発研究科 講師鈴木康郎高知県立大学 地域教育研究センター 准教授マヒドン大学サラヤ・キャンパス高等教育に対する変革への圧力8

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