カレッジマネジメント212号
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埼玉県立浦和高校。1895年に旧制中学校として創立、2015年には120周年を迎えた紛う方なき公立名門進学校である。佐藤優氏はその卒業生にして、元外務省主任分析官、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したベストセラー作家である。母校での生徒と保護者を対象とした二つの講演をベースに、「高校時代の生き方・学び方」「大学受験」「卒業後の人生」について2年間をかけてまとめたのが本書である。章や節のタイトルだけを追っていってもこの本が放つ魅力的なメッセージが伝わってくる。例えば「世界のどこかを支える人になろう」「受験勉強は絶対にムダではない」「『思考の鋳型』を学ぶ哲学」「大学卒業後に活躍する人材とは」「受験に関係なくとも捨ててはいけない」「作問力のある大学=教育熱心な大学」等々。最終章は、この3月まで浦和高校学校長を務めた杉山剛士氏との対談である。大学教育への率直な注文も随所に登場する。それらのメッセージの中で特に強調されているのが、第一に「総合知」を学ぶ空間の重要性であり、第二に教育格差に対するアンチテーゼとしての地方公立高校の存在意義である。地方公立高校には、経済的に恵まれない子ども達に上昇移動の機会を与えるという意義だけではなく、富裕層という同質性の中では身につけることが難しい、異質で多様な人々と協働して物事を成し遂げていく力を培う場としての意義がある。総合知を学ぶ空間の重要性について。一部の全寮制中高一貫校を「ここだけの話だけど、ああいう学校は…『受験刑務所』だ」と断じる。受験勉強だけを徹底して効率的にやらせるうえに、適性を無視して成績だけで医学部へ生徒を送り込むからである。受験勉強に絞った勉強はだめ、時間をかけてでもすべての科目を学ばせること、大学でしっかりと学ぶために総合的な教養の礎を高校時代に築いておくことが重要だと説く。文系・理系に分けた教育は後進国型教育の残滓であって、文系でも数Ⅲまで、理系でも歴史を深掘りして学ぶことが大切だと訴える。むろん大切なのはカリキュラムの学習にとどまらない。浦高には、臨海学校での遠泳、約50キロの強歩大会、全クラス対抗のスポーツ大会など多くの校内行事が残っている。それらは生徒の人生を考えたときに最良の教育であるという伝統に支えられている。受験の先にある大学、そして大学の先にある社会で活躍するために本当に必要なものを学ぶ空間として浦高の学校生活が設計されている。私は地方の公立進学校を卒業した。はからずも50年近く前の母校を思い出した。私がその時代、岩波文庫の価格は★の数で示されていた。私達は1カ月に読んだ★の数を友人と競った。定期テストで成績のよい生徒も異性にもてる生徒もどちらも羨望の対象だったが、★の数には圧倒的に負けた。高校は問うまでもなく大学と連続的な、総合知のための空間だった。浦和高校は、古き良き時代の高等学校という教養空間を丸ごと保存した博物館にほかならない。もはやそうした時代遅れに見える教養空間は多くが駆逐されてしまったけれども、まだ何校かは生き延びている。この博物館にはなお価値がある。否、いまだからこそ、博物館を復活させてより多くの卒業生を大学に受け入れる仕組みが欲しい。大学人としてそう思った。佐藤 優・杉山剛士 著『埼玉県立浦和高校 人生力を伸ばす浦高の極意』(2018年 講談社)格差解消、学ぶ空間として重要な地方公立高校総合知を涵養する空間の復活を【編集部より】これまでご執筆いただいてきた潮木守一先生よりお申し出があり、今回耳塚寛明先生にご執筆をお願いいたしました。
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