カレッジマネジメント214号
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38英エコノミスト誌は、2018年10月27日号で「オージールールズ(Aussie rules)」と題する特集を組んだ。オージールールズとは、そもそもは豪州で人気のスポーツ「オーストラリアンフットボール」の愛称だ。もちろん、同誌が豪州スポーツの強さを特集したわけではない。「豪州が世界に教えられること(What Australia can teach the world)」という副題が付けられているように、近年好調と安定を謳歌しつつあるように見える豪州社会の強さと、その裏に見え隠れするリスクの実態に迫ろうとするものだ。豪州は戦後、地下に眠る鉱物資源の対外輸出を梃に繁栄を享受する幸運に恵まれた。そんな幸運な状況が持つ危うさを、皮肉や警鐘の意味も込めて"Lucky Country"(1964年)と呼んだのは歴史家でジャーナリストのドナルド・ホーンだった。1970年代のオイルショックを機に、1980年代にかけてマイナス成長・高インフレ・高失業率による景気後退を経験したものの、その間の関税引き下げによる貿易自由化や公共部門の民営化といった経済政策が奏功し、世界最長記録と言われる27年連続のプラス成長を維持することに成功している。現在でも、ポピュリズムやトランプ現象に揺れる欧米諸国と比べ、豪州は依然毎年19万人の移民を受け入れる寛容さを維持する一方、新興国の経済成長を背景に資源輸出によって好調を維持し、政府債務残高もGDP比41%と低い状態が続いている。ただ、こうして"Lucky Country"であり続ける豪州の強さの裏に、世界的な資源ブームを牽引してきた中国経済の存在があることは衆目の一致するところだ。地理的近接性や中国からの投資やヒト(移民・留学生・観光客)の流入増を背景に、豪州・中国関係は強まりつつある。確かに、同盟国米国との軍事的紐帯が弱まる気配があるわけではない。しかし最近では、習近平よりむしろトランプのほうに脅威を感じる豪州国民も少なくない。そんな世論調査の結果を紹介しつつ、エコノミスト誌は、着実に忍び寄る中国の影響力が豪州社会にリスクをもたらしかねないことに警告を鳴らしている。こうした地政学的分析が導く豪州社会の成功とリスクの構造は、高等教育を考えるうえでも役に立つ。豪州の高等教育は、過去30年間に断続的に実施された改革プロセスを経て、成功を収めつつリスクも孕むようになっている。リスクについては後述するとして、まずはここ30年の歩みと到達点を確認しておこう。豪州は1980年代末、それまで理論的・学術的な教育や研究を主とする「大学」と、実践的・職業的な教育を中心とする「高等教育カレッジ(Colleges of Advanced Education)」から成っていた二元的高等教育システムを機関統合によって一元化し、「大学」のみから成るシステムへと転換を図った。それは、連邦政府主導で高等教育の規模拡大や多様化を促し、機関間の市場競争によって効率化を実現すリクルート カレッジマネジメント214 / Jan. - Feb. 2019豪州における高等教育改革の30年──「成功」から「持続的発展」へ──杉本和弘東北大学 高度教養教育・学生支援機構 教授メルボルン大学豪州社会の成功とリスク高等教育における改革・拡大・多様化の30年11
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