カレッジマネジメント215号
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47リクルート カレッジマネジメント215 / Mar. - Apr. 2019る。その一方で、マレーシア国内の多様な民族が、多様性を背景とした共通の価値観や共通の経験を共有することを政策上の目標として掲げており、ここには、今日のマレーシアが抱えている「高等教育において多文化共生をいかに実現していくか」という問題の複雑さが示されている。具体的には、こうした変化に対応するため、マレーシアでは英語プログラムを拡充する一方で、留学生も含めたマレーシア居住者の「シティズンシップ」の形成を軸に国家の歴史や制度、現状のシステム等を総合的に教える「マレーシア研究」という科目を導入している。国際化やグローバル化を進め、他国・地域とのプログラムの共有を進める一方で、こうしたホスト社会のローカライゼーションを進めようとする動きは興味深い。さらに新たな教育改革の動きをもたらしているのが、2018年5月の総選挙で野党連合「希望連盟(Pakatan Harapan)」から立候補し、1957年のマレーシア独立後初めての野党政権を担うことになったマハティール新政権である。首相引退から14年余りを経た92歳での同首相の再就任はそれだけでも話題になったが、「100日間で実現する10の公約」を掲げて機動力のある政権運営をアピールした。そうしたなかで、マハティールが1980年代に提唱し、かつての在任中に注力した東方政策(ルックイースト政策)を再度掲げたことは、高等教育戦略に大きなインパクトを与えている。マレーシアには既に、両国政府の共同プロジェクトとして設立された日本マレーシア国際工科院(MJIIT)がある。同機関は2001年にマハティール首相(当時)が小泉首相(当時)に提案し,マレーシアにおける日本型の工学系教育を行う大学として構想がスタートしたが、その後紆余曲折を経て、最終的には2011年9月に国立マレーシア工科大学(UTM)の傘下に独立性の高い工科院として開校された。講座制等の特色ある日本型工学教育による高度な専門性に基づく学術研究機関とされ、将来的にはASEANにおける日本式工学教育の拠点として発展していくことが期待されている。日本は機材整備等の円借款供与と25のマハティール新政権と高等教育戦略大学が政府機関、国際協力機構、日本商工会議所とコンソーシアムを組んで教員派遣等の協力に当たっている。日本側はMJIITを東方政策の集大成と位置づけてきたが、これに対してマリク高等教育相は、マハティール首相が日本の高等教育機関を、単に日本的価値観や労働倫理を学ぶだけではなく日本の教育制度や文化を学ぶ場として引き続き重視し、1980年代に始まった東方政策を今後も継続しようとしていると述べている。マレーシア教育省の報道によれば、MJIITとは別に、マレーシア政府は、筑波大学、日本デザイナー学院ならびに立命館アジア太平洋大学に対してマレーシアへの分校開設を誘致しており、早期の実現に期待を寄せている※3。マハティール首相は2年以内に首相の座を譲る方針であるといわれる。併せて2018年の総選挙時には、「希望連盟」の政策提案の中に、これまで公認されてこなかった私立の華文教育機関が独自に実施する修了資格「統一試験」を公認する等、華文教育関係者の教育要求を盛り込んでおり、新政権の教育政策に注目が集まっている。1980年代までは外交関係はあっても実質的な交流はほとんどなかった中国の大学との交流も、今では様々な共同学位プログラムが設けられ、2014年には中国の「厦門大学マレーシア分校」が開校している。厦門大学は、中国福建省出身で英領マラヤのシンガポール華僑であった陳嘉庚が1921年に郷里に設立した大学であるが、今度は逆に同大学がマレーシアに分校を開設したという点で、中国とマレーシアの二国間関係を印象づけるものとなった。1990年代にグローバル化が進展した時とは国内外ともに異なる政治的社会的背景が見られるなかで、マレーシアの高等教育戦略も、単にグローバル化と一括りにはできない新たな局面が登場しており、それはポストグローバル化を予見させる動きでもあることに留意する必要がある。※1Chang Da Wan, Morshidi Sirat & Dzulkifli Abdul Razak (2019) “Conclusion” in Chang Da Wan et al. eds. Higher Education in Malaysia: A Critical Review of the Past and Present for the Future. Penerbit Universiti Sains Malaysia and Penerbit Universiti Sains Islam Malaysia., pp.424-426. ※2杉村美紀(2010)「高等教育の国際展開におけるトランジットポイント」『カレッジマネジメント』160号(2010年1-2月号)、34-37頁.※3Ministry of Education Malaysia (2018). “Three Japanese unis to open branches in M'sia” in Higher Education Today (2018年12月2日付) (http://news.moe.gov.my/2018/12/02/three-japanese-unis-to-open-branches-in-msia/) (2018年12月31日最終閲覧)

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