カレッジマネジメント216号
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30大阪成蹊大学は、大阪市東淀川区相川に、2003年に開学した新しい大学である。だが、母体となった大阪成蹊女子短期大学(現・大阪成蹊短期大学)は、1951年以来の歴史を持ち、学園の起源は1933年の女学校創設にさかのぼる。その高等成蹊女学校は、13名の生徒から始まった(学制改革で、1948年に大阪成蹊女子高等学校)。2018年に創立85周年を迎えた学校法人大阪成蹊学園は、大阪成蹊大学、びわこ成蹊スポーツ大学、大阪成蹊短期大学を中心に、幼稚園から大学院まで、7000人以上が在籍する学園に発展したが、一時は経営的に厳しい時期も経験した。過去9年ほどの間、「建て直し」とも言える諸改革を断行してきた石井茂理事長・総長(以下、石井理事長)に、その経緯と今後の展望をうかがった。大阪成蹊大学(当初は現代経営情報学部、芸術学部)はびわこ成蹊スポーツ大学(スポーツ学部。滋賀県大津市)とともに、2003年に開学した。芸術学部(京都府長岡京市)は、成安造形短期大学(2002年、京都成安学園より大阪成蹊学園に設置者変更)の改組転換によるもの。また、現代経営情報学部(相川キャンパス)は全く新しい分野であったが、両学部の校地が分かれている制約もあって、完成年度までは学園全体の学生・生徒数が増加するものの、そこで頭打ちとなり、その後減少傾向に転じた。大阪成蹊大学と短期大学、高校は、2009年度時点で入学定員未充足だった。学園の単年度収支は赤字になり、手持ち資金(現預金及び特定資産残高)も減少し、在籍者数が減り続けることへの不安感、学園存続への強い危機感が生じていた。その状況下で、学園の建て直しに乗り出したのが、石井理事長であった。関西の地方銀行の副頭取を退任し、銀行グループ子会社の社長を経て、2010年1月に学園に招聘されると4月から理事長に就任する。2009年度、大学の入学定員は合計420人、現代経営情報学部(200人)と芸術学部(220人)の2学部体制だった。それが2019年度では、マネジメント学部(2011年に名称変更。240人)、芸術学部(190人)、教育学部(180人)の3学部体制となっている。学部の全入学定員も約1.4倍へと拡大した。一時は5割強だった入学定員充足率も、2014年度から100%を超え、この9年で入学者数は約2.9倍に、志願者数は約5.7倍に増加している。見事なV字回復を遂げたというほかはない。(図1)高度経済成長期に関西の銀行に入行後、主に企画・人事畑を歩んだ石井理事長は、バブル経済崩壊後、企画部長として不良債権処理、財務内容改善等銀行再建に取り組んだ。確かなマーケット調査を前提に、「マーケットに応じた資源の配分ができているか」の重要性を痛感する。リクルート カレッジマネジメント216 / May - Jun. 2019徹底した市場調査をもとに学園の経営・教学改革学校法人大阪成蹊学園石井 茂理事長・総長大阪成蹊大学3C A S E大学開学後の危機の克服教職員の面談から始めた学園再建の断行

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