カレッジマネジメント216号
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52リクルート カレッジマネジメント216 / May - Jun. 2019大学は、最終学歴となるような「学びのゴール」であると同時に、「働くことのスタート」の役割を求められ、変革を迫られている。キャリア教育、PBL・アクティブラーニングといった座学にとどまらない授業法、地域社会・産業社会、あるいは高校教育との連携・協働と、近年話題になっている大学改革の多くが、この文脈にあると言えるだろう。この連載では、この「学ぶと働くをつなぐ」大学の位置づけに注目しながら、学長及び改革のキーパーソンへのインタビューを展開していく。各大学が活動の方向性を模索するなか、様々な取り組み事例を積極的に紹介していきたい。今回は、「人間力」を教育理念の1つに掲げ、その育成に取り組む日本文理大学で、菅貞淑理事長・学長(以下、菅学長)と吉村充功教授(学長室長)、高見大介人間力育成センター長にお話をうかがった。日本文理大学の改称前の名称は大分工業大学。その名の通り工学部のみで1967年に開学した。それは地元自治体・地元産業界のニーズに応えるものだったと菅学長は語る。「大分県が戦後、工場誘致等を行って重厚長大産業の成長を目指しましたが、当時、県内には工業系の人材を育成する大学が一切なかった。それで県の要請もあって工業大学を作ったのです」。この創立経緯を反映し、建学の精神は「産学一致」だ。菅学長は「産学共同ではなく、一致です。産業界と同じ視点に立つ。つまり、想いや行動をともにその時代のニーズに応え、未来を創造できる優れた人材を育成する」と強調する。1982年度に現名称「日本文理大学」に改称し、開学ニーズだった「工業」の文字は消えたが、「産学一致」の理念は何ら変わっていない。それは、同時に新設したのが商経学部(現・経営経済学部)であることにも表れている。菅学長が学校法人文理学園の経営に加わった1992年当時、喫緊の課題は少子化に伴う学生数の減少だった。私立大学の場合、これは経営危機に直結しかねない。教学改革を打ち出したのは、財務整理にいちおうの区切りがつき、副理事長になった2000年頃からだ。2002年度には工学部を改組して情報メディア学科を開設した。続いて、2007年の創立40周年に向けて、教育理念の整理・再編に着手。その過程で出てきたのが「人間力」育成だ。「学生を見ていると、ある意味功利的であると同時にとても繊細であるように感じました。高校時代に引かれていた思考の基本的なガイドラインと、社会に出て道なき道を切り拓く応用的な思考と行動力を接続し、しなやかさを兼ね備えた人材を育成するために、何事も前向きに考え、諦めず、一歩前に踏み出すことができる人を育てる。そのために大学ができることは何なのかを議論しました」(菅学長)。菅学長はまず、野球部、サッカー部等、団体スポーツの強化に乗り出した。先輩後輩、チームメイトという縦横の日本文理大学大分全域を学びのフィールドとした「人間力教育」を推進菅 貞淑 理事長・学長折れない人間を育む「人間力」育成地域社会に出て行って五感で気づきを得る建学の精神は「産学一致」

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