カレッジマネジメント216号
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59大学では3ポリシーを起点とした教育の改革・改善サイクルが期待された通りうまく回り始めているのだろうか。FD活動に熱心に取り組む教員は実際には何割くらいいるのだろうか。改革の必要性は一定程度理解され、あからさまな反対も影を潜めるようになったが、どれだけの教員が自身の問題として教育内容・方法の改善に取り組み、組織的な教育改革にも協力しているか、という点で、なお多くの課題を抱えているのが、現場の実情ではなかろうか。改革を促されなくとも、研究に打ち込み、学生を育てることに熱心な教員は決して少なくない。その一方で、教育改革に無関心で、組織的な取り組みにも非協力という教員もいるだろう。皮肉なことに、改革に伴う様々な業務の負担は前者に集中し、頑張る教員ほど多忙になり、後者は事実上のただ乗りを続けるという不公平も生じていると思われる。このような実情を直視することなく、改革を続ければ、真の問題は放置されたままとなり、その大学や学部が有する強みや特徴も薄れるという事態も予想される。職員組織でも同様の問題はある。仕事に取り組む姿勢や意識、職務遂行能力において個人差は大きい。課に意欲や能力が明らかに劣る職員が一人いるだけで、他の職員の負担は増し、職場の活気も失われていく。上位役職になればなるほど、このようなデリケートかつ生々しい問題は耳に入らなくなり、関心も薄れがちである。この状況を放置したまま、次々に新たな業務を課しても、既に頑張っている職員の疲弊感が増し、職場の歪みは大きくなるばかりである。現場の実態を直視せず、人と組織を正しく理解することなく進められる「改革」は、単なる組織・制度弄りに過ぎない。多くの大学で進められている改革に欠けていると思われるのはこの点である。トップを頂点とする階層的組織構造を有し、改革の成果が利益等の形で見えやすいとされる企業経営の世界であっても、組織変革が容易でないことは多くの経営者が実感するところだろう。ハーバード大学ビジネススクールのジョンP.コッター名誉教授は、100以上の企業の変革に注目し続けた結果として、「ほとんどのケースが成功と失敗の中間にあるのだが、どれくらいの成功を収めたかと問えば、失敗に近い企業がほとんどである」(邦訳「企業変革の落とし穴」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』ダイヤモンド社、2002年10月号)と述べている。このような問題意識を背景に、変革を妨げる要因を探り、それらを克服する方法を発見しようとする研究も進んでいる。スティーブンP.ロビンスは、組織行動学の教科書として定評のある著書(高木晴夫訳『新版組織行動のマネジメント』ダイヤモンド社、2009年)において、変化への抵抗に個人的抵抗と組織的抵抗があるとし、これらを克服する方法として、「コミュニケーション」、「参加」、「支援の提供」、「変革を受け入れることに対する報酬」、「学習する組織の構築」の5つを挙げている。そのうえで、組織開発(Organization Development)による変革のマネジメントの必要性を説き、「組織開発の理論的枠組みは、人間及び組織の成長、協力的かつ参加型プロセス、探究心に価値を置く」と述べる。そして、取り組みの基礎となる価値観を、「メンバーに対する尊敬」、「信頼と支援」、「力の平等化」、「問題に立ち向かう」、「参加」の5つにまとめている。力の平等化については、「効果的な組織は、階層的な権威や支配に重きを置かない」との説明が付され、参加について、「変革の影響を受ける人が変革に関する決定に参加する度合いが高まると、そうした決定を実行することに対しますます関与する」と述べられている点は興味深い。力の平等化と参加は、フラットな構造と全員参加による合議を特徴とする教員組織に通じる要素でもある。他方で、教授・准教授・助教の間、教員と職員の間等に権威的関係が根強く残っている場合があり、合議制についても現状維持や既得権確保のためという側面がある。また、メンバーに対する尊敬、信頼と支援、問題に立ち向かうという価値観は個人差が大きく、教員組織全体に広く根付かせることの困難さもある。リクルート カレッジマネジメント216 / May - Jun. 2019「組織の人間的側面」を重視して変革に取り組む

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