カレッジマネジメント218号
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512000年代に入ると学部の新設・改組という形での改革が相次いだ。専門職大学院の制度化を受けた2004年の法科大学院の設置を皮切りとして、それからおよそ10年、図表1に見られるように、毎年のように学部・研究科の新設や改組、併設学校の設置が行われている。いくつか、経緯を示そう。2007年に工学部を、システム理工学部、環境都市工学部、化学生命工学部の3学部に改組したのは、当時1学年1000人を超える大規模な学部になっており、そのため関西大学の工学部の特色は何か、そこで何を学ぶことができるのか、次第に大学の外部からは分かりにくくなっていたからである。そこで、特色ある3学部に分割することで、高校生には見えやすくなり、例えば、環境都市工学部では都市デザインコースや、化学生命工学部の生命・生物工学科等において、女子の人気が高まった。2009年開設の外国語学部は、もともとは全学の外国語教育を担う外国語教育研究機構として2000年に発足しており、そこに2002年に外国語教育学研究科として大学院を設置したという前史がある。大学院だけだと学生数も限られる。学部から大学院へというルートを確立すべく、外国語学部を開設したのである。当時は、国際系の学部の人気が高まっていた中、1年間の留学を必修とする外国語学部は、小規模ながら人気学部となって現在に至っている。併設学校の拡大も特筆すべきであろう。もともと、戦後の早い時期に幼稚園、第一中学校、第一高等学校を設置していたが、その後は長く拡大の機運はないままであった。それが、2000年代に関西大学北陽高等学校、北陽中学校を加え、さらに関西大学初等部・中等部・高等部も開設したことによって、幼稚園から大学・大学院までが接続する一貫教育が可能となった。こうした学部や併設学校の新設・改組は、当然ながらキャンパスの拡大につながる。伝統ある天六の夜間部と千里山、そして千里山と高槻の2キャンパスを経て、現在は高槻ミューズキャンパス、堺キャンパスを加えた4キャンパスになっている。その他にも留学生別科を置く南千里国際プラザ、社会人教育を展開する梅田キャンパス、さらに北陽中学校・高等学校が設置されている北陽キャンパスがあって、文字通りマルチキャンパス体制となった。18歳人口の減少が本格化するこの時期に、学部・大学院生は2001年の約2万9000人から2018年の約3万1000人に、教員は500人弱から700人弱に、これらに伴う土地・建物の増加もあって、資産は1500億円弱から、2300億円弱までうなぎ上りに拡大した。拡大路線による改革が、盤石の経営基盤を作ったということができよう。関西の私学は「関関同立」に代表される。予備校が考案したといわれるこのフレーズは、既に1970年代には世間に定着したそうである。現在では、この4大学大学院間での単位互換制度が作られ、また、毎年2回、4大学の学長懇談会を開催するようになって15年ほどになる。こうした、実質的な交流の中で、相互に情報を共有し、刺激を与え合い、リクルート カレッジマネジメント218 / Sep. - Oct. 2019図表1 2000年代以降の関西大学の学部新設・改組特集 進学ブランド力調査 2019競合する同志:関関同立2000年代の学部改革、併設校拡大年学部大学院併設学校キャンパス2004法科大学院2006会計専門職大学院2007政策創造学部工学部をシステム理工学部、環境都市工学部、化学生命工学部に改組2008心理学研究科北陽高等学校北陽キャンパス2009外国語学部臨床心理専門職大学院工学研究科を理工学研究科に改組2010社会安全学部社会安全研究科初等部・中等部・高等部高槻ミューズキャンパス人間健康学部北陽中学校堺キャンパス2011東アジア文化研究科、ガバナンス研究科2012(留学生別科)南千里国際プラザ2014人間健康研究科2015連合教職大学院に参画2016梅田キャンパス
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