カレッジマネジメント220号
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45リクルート カレッジマネジメント220 / Jan. - Feb. 2020入学者選抜を改革する意味とは何か。「国の指針」「降ってきた厄介事」という率直な意見もあるが、本来の高大接続改革は、これまでとは全く違う次元で変化する社会のニーズに対応した人材育成、解が1つではない問題に取り組む人材育成のために、必要な高校教育・大学教育・それをつなぐ大学入学者選抜を同時に改革するという、三位一体の教育改革を指す。即ち、「社会が変化するのに教育が変化しなくていいのか」という問題提起である。入学者選抜の改革はその重要な一角であると同時に、それだけで完結するものであってはならないのだ。本来の趣旨に立ち返れば、高校までの教育成果を評価し、社会を見据えた大学教育に接続する、ハブとなるべきものなのである。「平成33年度(令和3年度)大学入学者選抜実施要項の見直しに係る予告」のⅡには、主体性・多様性・協働性に限った記述ではあるが、「高等学校段階における多面的な評価への改善の取組を踏まえ、一人ひとりが積み上げてきた大学入学前の学習や多様に右往左往するより、現状問えているのか、という問題提起から始めてはどうだろうか。また、今回リサーチの一環で全国の大学の2021年度入試方針を読んだが、社会の多様化・複雑化から翻って学生の多様性確保が大事なのに、学力の3要素評価の名のもとに一元化してはいないかという点に疑問が残る大学が多かった。社会は多様化・複合化している。大学も入学者の多様性の確保が必要なのに、学力偏重人材ばかりで行き詰った過去の失敗に立ち戻ってはならない。また、中等教育領域において個々のテーマに沿った探究、ポートフォリオといった学習の個別化が進むなか、高等教育領域が一元化した方針を打ち出したのでは、目も当てられない。入試は受験生へのメッセージにとどまらず、社会へのメッセージになりつつある。入試を見れば大学の独自性が分かるという時代がもう始まっている。大学は責任を持って議論し、情報を分かりやすく整理して公開していってほしい。な活動等に関する評価の充実を図り、あわせて、これらの評価がその後の大学教育に十分生かされるようにする必要がある」とあるほか、全体的に「入学後の大学教育に円滑につなげられていない」現状の入試を打破したい意志が込められているように思われる。小誌では何度かこのテーマを扱ってきたが、改めて浮かび上がるのは「その大学・短大の教育にフィットする人材が獲得できているか」という視点だ。学力の3要素評価の前に、教育プログラムごとに異なるであろうカレッジレディネスを明確にAPに規定し、それを持つ人材を評価する入試が適切に設計できているのか。大学にとって起点となるのは大学教育の独自性であり、その教育を受けるフィルタリングとして入試を機能させる必要がある。問うべきは入試の方法論の前に、「本学の独自性」だ。その際、既存の入試制度を全否定することなく、まず現状の因数分解から始めたという千葉商科大学のやり方は、大いに参考になるように思われる。問う内容が変わること見てきたように、ポイントとなるのは「成果検証の観点」だ。即ち、もともと各大学が何を課題として入試改革を設計したのか。その解決になっているのか。何を成果と置くのかとは、何を目的としたかである。目的とマイルストーンを決めることが肝要だが、PDCAを回すためのインジケーターを置く感覚はあるだろうか。その時間軸は、粒感は、適性だろうか。例えば「ロイヤリティの高い層を入試改革によって獲得する」という目的の場合、測定するのはGPAだけで良いのか。ロイヤリティとはどういう属性を指すのか。より砕いて検証に活かすため、従来のIR項目と照らして議論する必要があろう。改革の実効性を高めるために何ができるのか。先行事例から学べる点は多いように思われる。入試がその大学独自の教育を受けるためのフィルタリングであり、高校までの教育成果を評価するものであるならば、個別の面白い取り組みに止まらず、大学改革の一端を担うものでなければ無意味であろう。大学教育再生加速プログラム(AP)テーマⅢ「入試改革・高大接続」の中間評価でも言われているが、「入学した学生が大学教育でどう成長したのか、卒業後も含めて追跡調査する必要がある」のである。Chapter5まとめ入学者選抜改革の今
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