カレッジマネジメント224号
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67リクルート カレッジマネジメント224 / Sep. - Oct. 2020形構想学部の教育理念に共鳴した、これまでにはなかった、いわゆる高偏差値の高校からの進学者も一定数おり、教育理念の理解とともにさらに受験者の多様性は高まると期待される。こうした大学の教育理念は、卒業者の進路を見れば十分に現実のものとなっている。例えば、造形学部の2018年度の卒業者のうち就職希望者は63%に及び、希望者中の就職者は89%であり、こうした比率は、作家活動を目指すと思われる「その他」のカテゴリーに分類される34%、これも作家活動を目指してと思われる大学院進学者10%を凌駕しているのである。就職状況の内訳をみれば、図3に見るように、大学で学んだアートやデザインを各方面の産業で活かしていることがわかる。企業の総合職としての採用、ゆくゆくはマネジャー層になってほしい、美術大学だからといって、限定された領域でしか仕事ができない人間にはしたくないという思いが、こうした就職先の多様性にあらわれていると言えよう。学生層の多様化という点では、大学院造形構想研究科造形構想専攻クリエイティブリーダーシップコースは、それを体現している。平日夜間と週末を利用した授業配分、またクオーター制を導入したこともあり、入学者の52%が社会人という結果になった。大学卒業後に現実社会に触れ、その課題に気づき、それを解決したいという欲求をもって再学習に臨む者がこれだけいるということだ。社会人を十分開拓できていない日本の大学だが、潜在的なマーケットは小さくはない証左である。従来、美術は作品を創作しても、高名な作家にでもならなければなかなか生活が成り立たなかった。美術には知的財産権という考え方も適用されにくかった。しかし、美術に限らず造形は我々の社会生活に変革をもたらす重要な役割を果たしてきたことを思えば、何とかして、造形の領域をビジネスに載せたい、これが長澤学長の今後への希求である。近年の高等教育の領域では “STEAM”の重要性が強調されることが多いが、このうちのAは“ART”である。従来“STEM”として理工系の学問領域が強調されていたなかにARTが入ったのは、論理で考えるSTEMでは不十分で、感性を広げる“ART”の重要性が認識されたからにほかならない。ただ、この“ART”の重要性が認識されたとしても、それがビジネスの世界と切り離されたままでは意味を持たないというのが、長澤学長の認識である。そのための方策は多々あるが、大学の教育と研究というベーシックな機能がもっとも近道である。教育という点では、新たなコンセプトにもとづく教育を高校に広め、従来の「美大」という認識が時代遅れであることを知ってもらうことである。そのことにより柔軟な思考を持ち何かを起こしたいという高校生が進学してくれることになる。高校との連携はいくつか取り組んでいるが、さらなる拡大が必要であろう。もう1つは、研究成果のビジネスへの転換である、大学での研究成果を、大学自らが社会化し、大学の収益に結びつく活動とすることである。残念ながら日本の大学には、これに関するノウハウの蓄積が乏しい。しかし、政府からの教育予算への支出の伸びは期待できず、厳しい経済状況のなかで家計への依存もできず、そうであれば大学自らが事業を社会に拡げる運動体として機能する必要があろうというのが、長澤学長の構想である。時代をはるかに先取りする大学の構想である。しかし、多くの大学にとって傾聴に値するサジェスションでもある。(吉田 文 早稲田大学 教育・総合科学学術院教授)アートをビジネスに特集 進学ブランド力調査 2020図3. 2018年度業種別就職状況出版・印刷・広告・デザイン事務所22%情報通信業13%アニメ・CGゲーム10%建築・インテリア・住宅  6%造形・工芸・画廊 2%その他 8%公共的事業(美術教員・公務員)等 3%展示・装飾・ファッション・TV・映画21%製造業(食品・化粧品・電器・自動車・家具・文具・雑貨)     15%

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