カレッジマネジメント230号
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29リクルート カレッジマネジメント230 │ Oct. - Dec. 2021ンに当てはめる教育をしているのかなと思っていました。一方、海外の大学を卒業している方々やノンジャパニーズの若い方々と接していると、個性があり、相手の話を理解しつつ自分の意見を主張もする。これぞ国際社会に通じる人材だと感じます。これからのビジネスパーソンは、日本企業に就職してもライバルはもう日本人ではありません。インド人であったり、ベトナム人の留学生だったり。英国の数学科を出た天才も証券会社に入ってくる。日本人がライバルではない、という意識を日本の若者に持たせたい。しかし日本の大学の教育では、そつのない“いい子”ばかり育てているのかなと。国の競争力としても、このままではまずいと考えていました。─日本がこれまで育ててきたいい子とは?宮内:まず、現状を疑うことなく受け入れる。世の中のことを変革しようと思わない。地球温暖化に警鐘を鳴らすスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんは今は18歳の高校生であっても国連に乗り込んで演説し、トランプ大統領をにらみつける。そういう迫力を持った子はなかなかいないようです。ただ、何千人と存在する応募者を選抜していくと、最終的にどうしても似たような人ばかり採用してしまうという企業人事側の問題もあります。尖った人間を採用するのはリスクがある、と。坂東:個性を持った子がいても排除されてしまうのですね。宮内:そうなんです。画一的な人が集まってしまうので、面白い人が入社しても、民間企業に入ったつもりなのに、没個性的でお役所みたいじゃないかと言って会社を辞めていく。優秀な人間ほど早く辞めていく傾向がありますね。そして会社に残るのは、体制にうまく馴染んで上司の言うこともよく聞く人だけということになる。これが失われた20年、30年で日本にイノベーションが起こりにくくなっていると言われる背景のひとつでしょう。私のいた会社に限らず、日本の大企業に共通していることかもしれません。─坂東先生は元官僚でいらっしゃいますね。坂東:私は内閣府、総理府にいました。大学は40年前卒業した時のイメージのままで、先生は授業で自分の好きな研究分野の話をし、学生達も自由に過ごす場所だと思っていました。そして就職したら「大学で何を勉強してきたかは関係ないよ、これからしっかり勉強するんだぞ」と。大学で色々と理論・理屈は学びましたが、役所に入ったら、あら、私は社会では何にもできないんだということを発見したという感じですね。さらに日本の大学は入試の時のランキングがそのまま序列になっていると感じていました。入学してからどれだけ勉強するか、ということをみんな考えないで、放牧型の4年間を過ごす。一方で米ハーバード大学等は、大学の成績によって、どの大学院やプロフェッショナルスクールに進学できるかということが決まるので、学部時代も一生懸命勉強します。さらにプロフェッショナルスクール卒業時の成績によって、勤め先も給料も違ってくる。ヘッドハントされるかどうかも成績によりますから、大学や大学院での学習成果に対する社会の評価がとても高い。この日本との違いは意識していました。─宮内先生は2017年に神田外語大学の学長に就任されましたが、実際に大学に来てどのような印象を持たれましたか?宮内:今の坂東先生のお話にあったように、偏差値50と言われると、自分は偏差値50の人間だと思い込んでしまう学生が多い。18歳の時の予備校の模擬試験で自分の社会的な序列を決められ、それを自分の人生の序列というように受け入れてしまう。これはもう最悪です。人生は毎日変化のなかにさらされています。日々進歩もすれば、後退もする。20歳でも70歳でもその時の価値がある。それなのに、18歳の時の1つの基準で自分を定義づけてしまう。こんなつまらない世の中はありません。この偏差値信仰を壊さない限り、日本は良くならないでしょう。坂東:おっしゃる通り、18歳あるいはその前から、学校の点数がいいと自分は頭がいい、悪いと自分は頭が悪いと思第1特集●大学ブランド 未来の指標

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