カレッジマネジメント231号
75/84

75リクルート カレッジマネジメント231 │ Jan. - Mar. 2022か優れた戦略は生み出せない。企業において「創発」が起きるのは、自社が競争力を持ち得るために何が必要かを考え続けるミドル同士の間で活発なやりとりが展開されているからである。いかに優れた戦略でも、合意形成プロセスがなければ教員が従わず、実行につながらないと危惧する向きもあろうが、大学の方針に教員の多くが疑問を感じたり反発したりする場合、方針の前提となる事実認識やそこから結論に至る論理自体が不十分なことも多い。どのような提案でも一定数の反対は必ずある。しかしながら、十分な根拠と論理に基づく説得力ある戦略ならば、それをしっかり説明することで大多数の納得が得られ、実行につながるはずである。戦略に則って、実施すべき事項、それぞれの到達目標と期限、実施責任者などをより具体的に定めたものが「計画」である。戦略は計画に落とし込まれることではじめて実行管理が可能になる。いわゆるPDCAがこの計画(Plan)を起点に回るようになる。特に、教育の改善・改革を着実に進めるためには、計画を起点として評価により検証・確認する内部質保証システムを確立し、これを効果的かつ確実に運用することが重要である。大学の自己点検・評価活動は、機関別認証評価の受審を前提に、評価基準への適合状況を毎年度確認していくものが多かったが、最近は、これに加えて中長期計画の進捗管理の役割を担わせるケースが増えてきた。このような形で、戦略と内部質保証は結びつきを強めつつあるが、内部質保証に不可欠なIRも戦略立案において極めて重要な役割を担う。経営、教育・学生、研究などに関する客観データの収集・分析が優れた戦略を生み出す上での要素であり、その活かし方次第で大学機能の高度化や拡張の大きな力となり得る。現在に加えて10年先、20年先の未来において社会や地域がいかなる課題を抱えるか、それらの課題の解決に教育研究を担う機関としてどのような貢献が可能か、それを考えることで、大学の新たな役割や可能性を見出すこともできる。こうして描き出したものが「将来像」であり、「現状」を出発点として、どのような問題を解決し、そのために経営資源の配分や組み替えをどう行えばゴールに到達するか、その「道筋」を明らかにする必要がある。そして、本稿では、現状と将来像を道筋で結んだものの全体を「戦略」と呼ぶことにする(図1参照)。戦略はどのようなプロセスで策定することが望ましいのだろうか。前掲の沼上(2009)では経営戦略に関する5つの考え方の1つとしてミドルの相互作用による「創発」が挙げられているが、大学の組織特性や置かれた状況を考えると、トップが主導し、トップ自身の頭の中で練り上げなければ、ルメルトの言う「しっかりとした基本構造を持ち、一貫した行動に直結する」戦略は容易に生み出せないだろう。その一方で、トップ一人の能力は限られている。組織的な情報の収集・分析、相互に知恵を出し合っての議論などは不可欠である。そのために、各部署から人材を選抜してコアとなるチームを編成することも必要である。ここで特に強調しておきたいことは、大学の場合、教授会などによる合意形成プロセスに重きを置きがちだが、戦略は構成員の意見の最大公約数や多数決で生み出されるものではないということである。自校の全体的な状況を押さえた上で、将来のあり方を常に考え続けている者でし合意形成プロセスから優れた戦略は生まれないIRと内部質保証を戦略の創出と実行に活かす

元のページ  ../index.html#75

このブックを見る