18リクルート カレッジマネジメント232 │ Apr. - Jun. 202218歳人口の減少のなかで私立大学が次々と撤退するとの「2018年問題」と呼ばれた予測がなぜ外れたかを分析したジェレミー・ブレーデン、ロジャー・グッドマン『日本の私立大学はなぜ生き残るのか』(中公選書)は、「メイケイ学院大学」と仮称を付された実在の関西の私立大学が2003年頃に迎えた危機を乗り切った経緯や背景を明らかにしている。同族経営が持つレジリエンスのなかで、入学定員の削減や授業料の引き下げとともに、学生のこれまでの学習経験を踏まえた能力別のクラス編成やプロジェクトベース学習の導入等により、授業をより魅力的で効果的なものにするための全学的な取り組みが進められた。同族経営に対する評価は様々だろうが、初等中等教育における学習経験と大学教育、そして卒業後の社会生活を見渡して大学の授業の質を転換したことが、志願者の激減という危機を乗り切る重要な「切り札」であったことは間違いなく、そのことは国公立大学でも全く同じだろう。本稿では、大学経営という観点から、初等中等教育改革の今を描き出してみたい。小・中・高校の教育課程の全国的な基準である学習指導要領は、概ね10年に一度改訂されており、高校では2018年に改訂された新しい学習指導要領が2022年4月から実施される。この改訂は、アイデアや知識といった目に見えないものの価値が産業社会を牽引するなかで、時代の歯車を回しているのは官僚でも大企業でもなく、同調圧力や正解主義を乗り越えて新しい価値を創出している起業家や社会起業家等であり、その新しいアイデアが次代を切り拓くとの認識を踏まえて行われた。他方で、インターネットの使い方がSNSでのチャットとゲームに偏り、学校カーストの息苦しさのなかチャットで即答しないと仲間外れにされるといった、子ども達を取り巻く強い同調圧力についての危機感も強かった。異なる考えを持つ他者と対話を重ねることは面倒で、人工知能(AI)や他者が決めたことに従ったほうが楽だし、フェイクニュースが広がるデジタル社会においては、事実に当たったり論理的に検証したりして情報の真偽を確かめることも求められているが、これも面倒なことに違いない。しかし、自分達で社会の方向性を決めることを放棄し、全てAIや特定のリーダーに丸投げする社会はディストピアそのもの。だからこそ、複雑な課題を丁寧に解きほぐして関係者の「納得解」を得るために、自分の頭で考え、他者と対話する力を育むことが求められている。例えば、高校の新教育課程の公民科が育成を目指す「現在の諸課題について、事実を基に概念等を活用して多面的・多角的に考察したり、解決に向けて公正に判断したりする力、合意形成や社会参画を視野に入れながら構想した初等中等教育改革と大学経営新学習指導要領が目指すものデジタル時代の初等中等教育と大学経営子ども達の認知や関心に応じた学びへの転換教育業界の現状リポート:進み始めた教育業界の進化章Contribution寄稿1章では、高等教育の後ろに控える社会やキャリア観の変化について見てきた。そこで見えてきたことは、正解がない時代はモノサシが多様化し、事業体は単独ではなく連携して価値創出していく動きがあり、社会で働く人材もまた従来とは異なるキャリア観を持つ必要があるということであった。では、教育現場はこうした動きをどう捉えているのか。2章では、高等教育の前に展開されている初等中等教育の変化と、既にこうした変化に対応して「学びをデザイン」している先行事例をご紹介したい。2内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局審議官 合田哲雄 氏
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