ここまで、来るべき労働供給制約社会の実像とその解決につながるソリューションについて論じてきた。では、大学をはじめとする高等教育機関はこの問題解決に関してどのような貢献ができるのだろうか。現在のわが国にまず必要なのは、今後私達がどのような社会を目指すのかについてのグランドデザインを描くことであり、それをセクターを越えて共有すること。大学等の高等教育機関にできることの一つはこのグランドデザイン設計に貢献することだ。「労働供給制約は少子高齢化、人口減少に起因する構造的な問題です。例えば、介護業界の人手不足を介護業界だけで考えていても全体の問題解決にはつながりません。各業界がおのおの手を打って仮にうまくいったとしても、人の奪い合いにしかならないからです。ですから全体で総人口がどのくらいで、どの水準の生活維持サービスが提供される社会を目指すのかをグランドデザインとして共有し、そのための打ち手をセクター横断で考え、実行していく必要があります。もはや行き当たりばったりの施策では問題解決は望めませんし、業界や地域ごとに足の引っ張り合いをしている場合でもないのです」。このようなグランドデザインを描くには、政治や経済についてはもちろんのこと、歴史や文化、あるいは自然科学等も含めた広範な専門性が求められる。多様な研究者を揃える大学は、総合的な研究機関として日本全体の未来に関するグランドデザインを描くことに貢献できるはずだ。また、地方の大学は、地元経済界との連携を深めつつ、地域で今何が起こりつつあるか、その解決のためには何ができるかといった観点から、地域ごとのグランドデザイン設計に寄与しうるだろう。では、教育機関としての大学に求められるものは何だろうか。古屋氏は現場での学びの重要性を説く。「機械化・自動化による省力化は、単なるDX、単なるIoT、単なる生成AI導入だけでは実現できません。まず現場を知ることによって、現場で起きている課題を把握・分析し、それを解決できるテクノロジーを当てはめていくというプロセスが必要になるのです」。技術ありきで問題解決を図ろうとしても、現場が抱える課題に適切にアジャストできるとは限らない。現場の課題や必要性から入ることが何より重要であり、そのためには、介護にせよ、物流にせよ、現場のことをよく理解していて、最新のテクノロジーにも精通している人材が求められる。しかし、現状そのような人材の育成は高等教育機関ではなく、企業が担っていると古屋氏は指摘する。「今や企業経営において、ヒト・モノ・カネのうち、ヒトのプライオリティが圧倒的に高くなっており、企業間で“人を活かす”という観点での、人材の採用・育成に関する競争が激しくなっています。出前授業や現場の課題を体感できる長期インターンシップ等に積極的に取り組む企業も増えています。また、自律型の人材を育てることを目指し、新卒者だけの横のつながりによるラーニング・コモンズを設ける企業等も出てきています。こうした企業のマインドを教育機関が取り入れられているかというと、もちろん進んではいるものの、まだ十分ではありません」。大学、専門学校だけではない。高校も含めて、社会に出る前に、将来自分が働きたいと考えている仕事の現場を経験できる教育プログラムを積極的に導入・拡大していくことが、労働供給制約社会で機械化・自動化や業務の改善に取り組むことができる人材育成につながっていく。14国や地域の未来に対してグランドデザインを描く企業とのコラボレーションで仕事の現場での学びを強化大学の役割は?地域との連携を深め、現場での学びを通して問いを立てるところから始める教育へのシフトがカギに
元のページ ../index.html#14