もちろん、学生時代に企業の現場を体験したとしても、学生がすぐに現場の事情に精通し、的確に課題を捉えることは難しいだろう。しかし、古屋氏は現場で仕事を経験することを通じて、自分なりの「問い」を立てることが、その後の学習を進めるうえで何より重要だという。「仕事をしてみて、初めて学習の意味が分かります。まず現場を経験し、そこで自分なりの問いを立ててからのほうが、圧倒的に学習効率が高い。ですから、インターンシップ等で現場を早いタイミングで経験・体感したほうが良いですし、企業と連携したPBL等も早期に取り組むことが重要でしょう。高校時代からそのような機会を設けても決して早すぎることはないと思います。答えは問いの関数であり、問いは現場にあります。現場で問いを得たら、学ぶことでその問いの質を高め、さらに自分が働きたい仕事の現場で何が必要とされるかを意識してゴールテープを貼る。それを目指して学習を積み重ねるといった教育体系が、今後の高等教育機関では重要になるのではないでしょうか」。ヒトのプライオリティが圧倒的に高くなる労働供給制約社会においては、人材を供給する教育機関としての機能をより高めていかなければならない。地域の大学は、地域の企業が何に困っているか、生活維持サービスの人手が不足するなかでどうすれば地域の社会を成立させられるのかを考え、そこに貢献する人材を育て、輩出することが重要な役割になっていくと古屋氏は言う。また、前述のように現場とテクノロジーをつなぐソリューションを発想するためには、単に現場とテクノロジーの知識があれば十分というわけではなく、問題の全体像を俯瞰して捉える視点が重要。そのためには、大学時代に社会、歴史、文化、自然科学等広範なリベラルアーツを学び、視点を磨くことも求められるだろう。「そのような教育を経て、現場とテクノロジーをつなぐコーディネート型、調整型の人材を育成することは、今後、高等教育機関にとって重要な責務になっていくでしょう」なお、現状では、地域と連携を深め、現場で自ら問いを立てる教育を通じて、地域の求める高度人材を育成することに特化する取り組みに関しては、既存の大学以上に、新設の専門職大学が積極的だと古屋氏は評価する。また、ミドルのリスキリングや女性、シニアの活躍が望まれるなかで、社会人に対する生涯学習機関としての大学の役割も今後一層注目されていく。「日本の女性の労働参加率は先進国のなかでもドイツや米国と同程度の平均レベルです。しかし、『未来予測2040』では、これが先進国でもトップレベルのスウェーデン並みに上昇することを前提としています。そのための課題は数多くありますが、育児等で仕事を離れた女性への再教育等は高等教育機関が貢献できることの一つでしょう。もちろん、ミドルのリスキリングやシニアへの再教育等もこれからの高等教育機関に求められるテーマです」。ここまで述べてきたように、大学等の高等教育機関には、来るべき労働供給制約社会において、課題解決のための重要な役割を担うことが求められる。もはや「実学か研究か」の二項対立で考えるのではなく、今後の日本社会の未来像に即して考え、そこに高等教育機関が持てる資源を集中投資することが必要な時代になっているのだ。●(文/伊藤 敬太郎)年への意思決定15特集2040「問い」から始まる学びをいかにデザインするか生涯学習機関としての役割も期待される
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