カレッジマネジメント240号
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6Contribution現在、民間企業では、「人的資本経営」という考え方が浸透してきている。「人的資本経営」とは、経済産業省によると、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義される。言い換えると、企業等の組織が、その内外に抱えている人を資本と考えて投資をし、人材の価値を最大限活用することで、企業の価値を最大化していく経営のあり方である。なお、ここでいう企業価値とは、第一義的には、会社等の経済的な価値だが、より大きく企業が社会に対して提供している価値、いわば存在意義を指している。なお、重要なのは、下線をつけた「人材の価値を最大限活用する」というところである。人材は、単に企業の内や外に抱えているだけでは意味がないのである。人材が持つ人的資本を、価値を生み出し、企業価値を高めるために最大限に活用していくことが人的資本経営の基本だということである。「人材を大切にする経営」という言葉の意味が変わってきているとも言える。わが国の企業社会や社会一般では、人を大切にし、護り、幸福にすることが、人を大切にする経営だという認識が強い。だが、人的資本経営では、単に雇用を保障し、健康等の面で幸福にするだけではなく、人材として、ちゃんと活用し、企業に貢献できるようにマネジ人的資本経営とは今なぜ、人的資本経営なのか寄稿メントする経営を、「人を大切にする経営」だと考えるのである。その意味で、人的資本経営とは、人を大切にする経営のリニューアルでもある。人的資本経営が、民間企業で議論されるようになってきた背景には、いくつかの要因がある。なかでも最も大きいのは、企業活動において、新たな戦略を採用したり、新事業等を進めたりすることで企業価値を高める動きが盛んになってきていることであろう。これまで多くの企業は、既存の事業や商品の改善・改良・効率化等を通じて、安く品質の高い商品や安価なサービスを提供することで競争相手と闘ってきた。だが、消費者の個性化や多様化が進む中で、これでは、他企業との競争に容易に勝てない状況が生まれ、イノベーションや新商品、新サービス等で差別化を図ることが必須になったのである。現存の事業を効率化したり、無駄を省き、スピードを速めたりといった改良・改善による価値創出であれば、ある程度は、機械や技術によって進めることができる。実際、ここ暫く多くの組織で導入されたPCやIT技術等は、無駄を省き、効率化を進めるためであった。だが、これまでとは全く異なった事業を始めたり、新製品やイノベーションを生み出したりといった作業は、現在一般的に利用可能なAI等の水準では難しく、人が新たなアイディアを生みだし、それを新事業やイノベーションに繋げていかないと不人材論・人材マネジメント論専攻。イリノイ大学でPh.D.(人的資源管理論)を取得後、サイモン・フレーザー大学助教授、慶應義塾大学助教授・教授、一橋大学大学院教授を経て、2017年より現職。2018年4月より2年間、学習院大学副学長。2020年一橋大学名誉教授。著書に『人材マネジメント入門』等。学習院大学教授・一橋大学名誉教授守島基博大学における人的資本経営のあり方

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