カレッジマネジメント240号
7/95

7大学等における人的資本特集1可能なのである。つまり、イノベーションや新事業等、新たな価値を生み出すには、人が必要であるという認識が強くなったことが民間企業で人的資本経営が導入された大きな背景である。さらに付け加えれば、新たな戦略の実現のために財的資源(おかね)を供給する企業の株主等がこうした状況に気がつき始めて、企業に人的資本経営、つまり人への投資を迫りはじめたという要因もある。現在大学等の高等教育機関でも、多くの改革や“新事業”が行われ、学部の統廃合、新たな教育内容、新たな教育方法等が試されている。そして、こうした改革の成否が、大学のステークホールダー達(学生、学生の親、企業等の外部支援者等)がその大学を選択するかに結びつく時代となっている。企業が価値向上のために行っていることとほぼ同様の状況が、大学等の高等教育機関でも起こり始めているのである。そのため、大学等の高等教育機関も、その組織の社会に対する価値を上げていくために、これまでにも増して、人の力を最大限発揮しないとならない状況にあると言えよう。大学等の人的資本経営は、これまでにも増して重要になってきたということであろう。では、大学等の高等教育機関における人的資本とはどういう人材を指すのであろうか。大学等には、大きく分けて、2種類の人材グループがある。職員と教員である。このうち、教員という人的資本の質は、大学で行われる教育・研究の質に大きな影響を与え、ひいては大学の価値を高めることに大きく貢献する。またそのため、大学院に始まる人的資本への投資(例えば、育成)には、一定のやり方が確立されている。もちろん、企業で言えば、研究開発や新商品・新サービス開発部門で働く人的資本であり、一見、そうした人材の質が、その企業でどういう新事業やイノベーションが生まれるかに大きく関わるように思える。だが、近年のイノベーション研究が明らかにしているのは、こうした人材がどれだけ優れているか、新しいアイディアを生むかは、その企業の企業価値には間接的な関連しか持たないということである(ⅰ) 。より重要なのは、どういう戦略(大きな方向性)の下でそのアイディア等が構想され、生まれたアイディア等がちゃんと新商品や新事業に結びつくかであり、戦略を考えたり、組織を運営したりする人材が、効果的に新しいアイディアや考えをイノベーションや新事業に繋げていかないと、決して企業価値には結びつかないのである。アイディアから新事業・新商品までの道のりは長く、アイディア等がイノベーションに結実し、企業価値が向上するかは、組織を運営する側の人材にかかっているということである。そのため、紙幅の関係もあり、人的資本としての教員に関する議論はこれくらいにしよう。これに対して、大学等で組織を運営する人材は、職員である。大学等の組織の特徴は、職員という人的資本が教員と明確に区別された仕組みでマネジメントされていることであり、私の経験では、教員への人的投資に比較して、職員への人的投資については、やや遅れているという印象がある。遅れているのは、一言で言ってしまえば、「戦略性」である。人的投資の戦略性とは、一言で言えば、組織や企業等が進みたい未来の姿(ビジョンや経営戦略)を実現する人材の確保と活用へ向けて人的投資をするということである。人的投資というと、育成や採用、キャリア開発等を思い浮かべることが多いが、それだけではなく、評価や配置等多くの施策を使って、ビジョンや戦略の実現に必要な人的資本を確保し、活用しようとする組織の人材確保・活用機能を指す言葉である。図1に、人的投資の戦略性の概念図を示しておいた。上部にあるのは、実現したい未来のビジョンや経営戦略であり、まず、そこからはじめ、ビジョンや戦略実現のためにどういう人材が必要かを導き出す。そして、下部にある様々な人事施策を用いて、必要な人材が確保・活用されるように、人材投資をするのである。また、もし組織のビジョンや戦略が変更になった場合には、現存の人材を検討し、未来のビジョンや戦略を実現するための人材が足りない、不足していると判明した場合には、新たな人材投資をして、未来のありたい姿を実現するための人材を確保し、活用するということである。言い換えると、人的資源の確保は、未来ビジョンや経営戦略に従うという考え方である。ある調査によると、民間企業では、3割程度の企業が取り入れていると言われる人的投資の考え方である(ⅱ) 。大学と人的資本経営

元のページ  ../index.html#7

このブックを見る