カレッジマネジメント240号
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tnemeganaM ytisrevi IgnitavonnnUがちだが、果たしてそうであろうか。歴史的にも例を見ない速度で進む日本の少子化。日々の生活を支える様々な分野でその担い手が減っていく。他方で、進学率98.8%の高校において学習習慣の二極化が進む。「日本の大学進学率は欧米各国に比べてなお低く、進学率向上の余地がある」との声もあるが、高校段階で就業のための教育・訓練を受けたうえで早期に社会の担い手となる若者を増やし、仕事を経験するなかで学習動機が高まれば働きながらまたは仕事を中断して大学で学ぶ。今起きている現実を考えるとそのほうが理に適っていると考えることもできる。観念的な大学論からは、社会の持続・発展に寄与する方法も、大学自らを存続させる道筋も見つからない。地域や社会の変化を理解し、高校や高校生の現実を直視するなかで、自分の大学に何ができ、いかなる役割を果たすべきか、具体的かつ深く掘り下げて問い直す必要がある。その意味からも政策主導で進められる「改革」のあり方自体も見直すべきであろう。大学ごとに規模や分野構成、重視する目的や目標、入学生の学力や志向、地域の状況などは大きく異なる。この多様性こそが学問の発展や社会的課題の解決に大学が寄与するための基盤となる。ともすると一律的に示され実施される政策が画一化をもたらし、過度な負担を強いる結果となっていないか、客観的な検証が必要である。自分の大学に何ができ、いかなる役割を果たすべきかを問い直すに当たりまず行うべきは、社会と高校の双方と重なり合う面積を格段に増やすことである。接点や接続では不十分である。企業をはじめ社会と深く関わり合う教員、高校に出向いて熱心に出前授業を行う教員など、個々では様々な活動が行われているが、それらの点を面に組織的に広げ、定着させていく必要がある。国立大学の経営協議会や私立大学の評議員会には企業経営者やその経験者が加わることも多いが、現在の現場を知る実務家の意見を聴いて教育に活かす組織的な活動を展開しているケースは稀であろう。ましてや高校現場を熟知する校長や教諭がこれらの会議に加わることは附属校や併設校を除くと皆無と言ってよい。前述したように社会の側では、労働需給という量的側面だけでなく、人材育成という質的側面の課題も大きい。たとえ今の大学にできることは限られているとしても、対話を重ねることで解決の糸口が見つかったり、教育の内容や方法を見直すヒントが生まれたりすることもあろう。高校との関係も同様である。様々な分野の教員による出前授業を全学的・計画的に拡大するとともに、それらの活動を適切に評価する(例えば教員評価における加点など)ことも有効である。専門分野だけでなく、キャリア教育に関わる教職員による出前授業も高校生のキャリア意識醸成に役立つし、自然科学系教員による出前授業が女子生徒の理工系進学を促すことも期待できる。その逆に、学部改組やカリキュラム見直しなど教育改革の検討に高校教員の知識・経験を活かすことも考えられる。これらを実際の教育にどう具体的に活かせるかが次の課題である。教育・研究間の重点の置き方や選抜性の高低など大学の性格や状況によって教育のあり方も大きく異なる。また、同じ学内でも学生の学力や志向をはじめ多様性は高まる傾向にあり、「多様性への対応」は大学においても一層重要になっている。そのためにはまず、大学と学部等の教育組織単位で教育の目的と内容・方法に関する基本方針を明確にしておく必要がある。公表を前提にした三つのポリシーでは表せない自校の実情に即した具体的で実践的な目的と方針を簡潔にまとめ、構成員全員で共有することは教育力を高めるための基礎となる。第二は、教員個々の教育に対する熱意と教育能力の持続的向上である。多くの大学においては依然として研究業績を最重視した教員選考が行われている。研究と教育は車の両輪ともいえる関係にあり、組織レベルでも個人レベルでも研究と教育の間の好循環により双方の質が高まることが基本であるが、教育力で勝負すべき大学がいわゆる研究大学と同じような教員選考を行えば、教育面でもこれらの大学に太刀打ちできず、特色を発揮することも難しいだろう。大学や学部が目指す教育の目的や方針を実現するのにふ大学を強くする「大学経営改革」88社会と高校の双方と重なり合う面積を増やす大学でも求められる「多様性への対応」

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