カレッジマネジメント241号
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18「何となく流出」を止めて「移動してでも通いたい大学」をどう作るかる。われわれは、若者がどういう時に移動したいと思うのかを掴めているだろうか。また、そうした意欲ある若者が惹きつけられるような地域づくり・学校づくりができているだろうか。そして、やや消極的な移動パターンにはいくつかの複合的な要因があるように思われる。まず、マーケットの構造上の問題だ。端的に言えば、需要側が求めるニーズに対応した供給サイドのプレイヤーがいないというケースである。市場に十分なプレイヤーがいない、即ち大学設置数の少ない地方で頻発するのがこの事象である。生徒は少なかったとしてもそのニーズは多様である。ターゲットニーズのグラデーションに供給側が対応できていない場合で特に多いのは、学力と学ぶ分野のアンマッチだ。学力のアンマッチについては図表5に構造を例示した。供給サイドの数が多い都市部を除く大半の県で起こっているのが、ここで示す「要因①私大上位層の流出」である。県内のトップレイヤーを形成する国公立大学と同時併願するような学力帯の大学がない、あるいは少ないため、その偏差値帯の若者が流出してしまう。あるいは、「要因②下位私大マーケットの停滞」も厳しい。募集状況的に改革の余力がない大学群が多くなれば、魅力的な大学づくりがやりたくてもできず、学生が集まらない状況に拍車がかかる。そして学ぶ分野のアンマッチについては図表6に部分的に例示した通り、学科の分布状況を見る必要がある。これは供給側が提供できている学問分野とも読み変えることができる。自分が学びたい分野があれば地元に留まる可能性はあるが、分野自体がないとなれば、地元に残ってほかの分野で妥協するか、学びを優先して移動するかの二択となる。もちろん市場形成に至る需要の存在が前提となるため、「今自県に存在しないからこの分野を作れば必ず集まる」といった単純な話ではないものの、トリガーの1つとして考えることはできるだろう。これらに加えて、交通網の存在も非常に大きい。都市部隣接地域では交通網自体が都市部に向かう設計になっていることが多いためこの影響は特に大きく、消極的なというよりも無意識的に流出する素地になっているのは間違いないだろう。しかし、こうした環境要因による流出を防ぐことは当然ながら不可能である。データを見る限り、進学段階における人の往来は活発な様子だが、巻頭座談会で話された現場の実感を踏まえると、本人が出たくて出るという「主体的な流出」はむしろ減少傾向にあるようだ。つまり、先に挙げたマーケット状況や環境要因による目的意識の希薄な流出は相対的に増えているが、自らの学びを求めての流出はそこまで増えていないともいえそうだ。であるならば、大学は他エリアの若者に対して主体的な流出を促す学びへの興味喚起をきちんとできていないし、高校生は自らの人生を自ら選ぶ主体性を育めていない可能性が高い。大学を主語にすると、学修成果の可視化、学びの個別最適化等の流れからして、学ぶ意欲を持つ学生による高い学修成果を世に示すことが、これからの大学の存在価値になり得る。つまり、募集にせよ教育にせよ、数よりも「目的意識の高い層をどう興味喚起・獲得できるか」という質の確保にシフトしつつあるのではないか。高校教育段階と大学の教育や学べる内容との接続に、主体的な移動者獲得の余地がある。筆者は高大接続や入試についてリサーチをしているため、その突破口の1つが探究支援であるのではないかとも思われる。意志を持って移動している層や交通網による流出を止めることはできない。打ち手として考えられるのは、「何となく流出している層をどのように流出させないか」。そして、「移動してでも通いたいと思える大学をどのように実現するのか」という2点であろう。特に後者について、「この大学なら実家を出てでも通いたい」と選ばれている大学には、どんな特徴があるのだろうか。前述で都会に住む学生は「あえて出る必要性が低い」という言い方をしたが、では「あえて都会から出よう」と思うのはどういうケースになるだろうか。そもそも、地方の大学は都会に若者を「取られる」という認識一辺倒になってはいないだろうか。都市部の引力の大きさはデータにも表れているが、それを踏まえたうえでも、都会との二項対立的ではない魅力の育み方にはどのようなポイントがあるだろうか。もちろん正解は1つではないだろうが、今回はそうしたことを考えるきっかけにして頂きたい特集である。

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