カレッジマネジメント241号
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39まずは自分起点。自分で見つけ、自分で決めて踏み込む経験であることだ。次に、手触り感。地域ならではの本物との距離感である。そして、失敗と場数。挑戦した結果得た発見、うまくいったり通用しなかったりする。その経験で五感が震え、その震えが次の学びのエネルギーになっていく。つまり、大事なのは挑戦することそのものへの称賛であり、失敗を奨励する文化だ。隠岐島前高校は「失敗を共に称え合う学校」をスローガンに、「2勝1敗より、15戦3勝12敗を賞賛」している。失敗を共に称え合い、机上ではなく現場に踏み込んで学ぶからこそ、次につながるのだ。うまくいくかどうかは論点ではなく、プロセスが全てである。「海士町の教育で身につけてほしいのは挑戦のメンタリティで、そのために島全体を使って手触り感のある自分起点の教育を展開しているのです」と水谷氏は述べる。「われわれが考えるべきは、若者にとって自分が主役・起点になる場であるか。大人が教えたいことよりも、本人が学びたいことを学ぶチャンスが本当にあるのか。努力は夢中に叶わないと言いますが、自分を起点で挑戦するプロセスが次の学びへのエネルギーになっていく。若者はその手触り感の向こうにある実感を求めているのです。これだけ優れた動画配信等もあふれる世の中、実践の前に一旦知識をつける、という従来の教育では、もう若者は学ばなくなりつつある。どう効率的に知識を得るかではなく、それを使って実感をしたいという意向が強いことに、本気で真摯に向き合う必要があります」。「挑戦してうまくいかないと何でうまくいかなかったか考えたか、と問い詰めるのが大人でしょう。あの顔を見たら二度と挑戦したくなくなる」とは、海士町で学ぶ若者の言葉だ。挑戦すること自体が称賛される場に、意志ある若者は集まる。「大学のほうが、こういうアプローチはできると思います。学内外問わず学生達が挑戦できる機会を作り、教員のキャパシティを超えて若者のポテンシャルに火をつける教育を、躊躇なく展開してほしい」。そのためには、「受けに来る人だけではなく、そうではない人を大学自ら取りに行くというスタンスが大事ではないか」と重ねる。それまでの資産でやっていける世界にだけ閉じていれば、マーケット縮小に比例して募集が縮小するのは道理である。未知の領域や市場で通用しない経験を経て、自校に足りない要素やテーマを得て初めて、改革が始まる。大学も、減少する18歳のみに閉じた囲い込みだけの思考でマーケットを捉えるのではなく、どうやって選ばれるのかを考えなければならないだろう。大人の島留学生の様子特集1若者はなぜ移動するのか(文/鹿島 梓)

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