株や債券を買うことを「投資」と呼びますね。「きっと将来、値上がりして、利益が得られるだろう」と思うから、お金を出して株を買うわけです。これと同じように「大学に行く」ことを、人間という資本に対する投資だと考えてみましょう。すると、大学に行く ことによってまず期待できる便益は、将来の賃金の上昇です。学歴別で生涯の賃金カーブを見てみると(65ページ、図)大学・大学院卒は、年齢とともに賃金が上昇するカーブの勾配が、他の学歴に比べて大きくなっていることがわかります。また、高校卒業後すぐに働き始めた人と、大学・大学院を卒業してから働き始めた人の間では、生涯年収に1億円ほどの差があるという研究もあります。「学歴が高くなると生涯年収も上がる」と言えるでしょう。しかし、大学に行くことによって得られる利益は、はたしてお金だけでしょうか。短期的な視点で考えると、利点の一つは、すぐに仕事で活用できる、専門的な知識や技能を学べることです。例えば大学でデータ分析を学んだ人が、新卒後マーケティングの部署に配属される。当然、まったくデータ分析を知らない同期に比べて、すぐに活躍できる機会は多いはずです。ところが、知識や技術は日々新しくなります。今日の知識は3年後には陳腐化する。その都度、学んでいく必要があります。そのとき手取り足取り教えてくれる先生はいません。そして、実際の仕事において知識を学んでハイ終わり、という場面はほとんどないでしょう。自ら、目の前の状況に対して問いを立て、適切なリサーチを行い、分析していくプロセスが求められるはずです。大学は、まさにこの「自ら問いを立てて学ぶ方法」――探究の仕方を教えてくれる場所です。長い目で見れば、興味関心をもってさまざまなことを学ぶ力、そして、答えのない問いを突き詰めて考えていく力を身につけることこそ、社会に出たあとも、さまざまな場面でお子さんの助けになるはず。それはお金だけではなく、将来の働きがい、安定的な生活、幸福といった利益も、もたらしてくれるのではないでしょうか。時々「特に学びたいこともないのに、大学の4年間に学費を費やすのはもったいない。その分働けばお学歴が高くなると収入は上がる。でも、それ以上に大事なのは、若いうちに回り道をすることです。大学の場で探究の手法を学びながら、何が好きか、何に向いているかと試行錯誤してみる。自分の適性を知るための試行錯誤は、将来の幸福のための合理的な〝投資〟だと思いますよ。まず、生涯年収は上がる3年で陳腐化する知識より「一生学ぶ力」の価値若いうちの試行錯誤がマッチクオリティを上げる大学での回り道が、未来への投資に教育経済学研究者慶應義塾大学教授 中室牧子なかむろ まきこ●慶應義塾大学卒、コロンビア大学で学ぶ(MPA,Ph.D.)。専門は教育を経済学的な手法で分析する教育経済学。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て、2019年から慶應義塾大学総合政策学部教授。2021年からデジタル庁のデジタルエデュケーション統括。for Parent 202464
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