「そうか、ここから先は『彼の人生』で、私が考えるべき問題ではないんだな」そう気づき、ちょっとがんばって子どもの手を離したのが、私の子どもが17、18歳になるくらいの頃でした。当時、子どもがアルバイトにずいぶん打ち込んでいる姿を見て「それを仕事にすれば良いんじゃない」と声をかけたことがあります。すると彼は「向いていることと、仕事にしたいことはまた違う」と。親としては「それなら、もっと将来の仕事につながるようなことに時間を使えば良いのに」とじれったい気持ちもありながら、そういうことじゃないんだ、と思いました。私とは考え方が違うのだと。だったら、その違いを尊重しなければいけないなと感じたのです。同じ頃に、毎日の晩御飯をどうするかを、子どもが自分で選んで良いことにしました。子どもの「自分の時間」を尊重しなければいけないと思ったからです。もちろん家でどうせ用意するのだから、親としては一緒に食べたほうが楽です。でも、親の都合で、いつまでも子どもみたいに扱うのは気の毒だと思って。選択肢を手に入れて、彼はとても喜びました。子どもの手を離すと思うと、心配だし、すごく寂しい。でも私が寂しい、寂しいと言っているうちに、子どものほうが勝手に離れていくべき。「言うと親がまた心配するから」なんて秘密をもつかもしれない。でもそれくらいの関係のほうがいいのだ、と思うようになりました。「自立」というと生計を立てることのように思われがちですが、本当は心の問題だと思います。自分が「自分だけで生きていく」と決めているかどうか。自分で自分の問題を解決したことがあるとか、誰にも言わないことをもっているとか、そういうのが自立の象徴なのでしょうね。だから小学生でも自立している人はいるし、大人の中にも自立していない人はいます。思えば私も本当に自立できたのは40歳すぎてからでした。もちろん、すべての人が自立しなければいけないとは思いません。一生何かに頼って生きていけるのなら、それも良いでしょう。ただ、みんながいいねと言う会社に入れば一生安泰、というわけでもない、過酷な時代です。意志をもつことを決めた人は、時に空気が読めないと疎まれたり、排除されそうになったりしながらも、自分の足で立って歩いて行かなければいけない。そのためにも、それぞれが自立についてはよく考えた方がいいですね。4 forParent 2025よしもと ばなな●1964年、東京生まれ。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版され国内外での受賞も多数。近著に『下町サイキック』。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。取材・文/塚田智恵美 撮影/Fumiya Sawa(プロフィール写真)
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