大学の約束 2015-2016
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3アメリカの大学は入るのは簡単だが、出るのは難しい。日本の大学は入るのは難しいけど出るのが簡単!20数年前、来日してから何度もそう言われた。このフレーズは何かCMのキャッチコピーかと思うぐらい浸透していたのだ。最初は冗談だろう、ちょっとわかりづらいジャパニーズジョークだろうと思った。冗談じゃなければ失礼な主張だ。アメリカの大学に入るのが簡単って!? こんな僕だって大変だったよ。補欠でぎりぎり入学したし! これは冗談じゃなくて誤解だ。一方、「日本の大学は出るのが簡単」という主張も冗談じゃない。しかし、誤解でもない。案外正しい指摘だった。笑えるどころか、ある意味泣ける話だ。入学試験のために猛勉強するが、卒業試験はない。出席するだけで単位が取れる、いわゆる出席卒業は昔からあるらしい。出席しなくても卒業できる大学もあるという。僕の身内は有名な私立大学でドイツ語を1年間勉強し、Aの成績もとったのにドイツ語で10まで数えられない。また、違う知り合いに「大学で何を専攻した?」と聞いたら「テニスサークル」と言われた。「テニスに没頭していたんだね?」と確認したら「いや、テニスサークルの主な活動は飲み会だ」と言う。つまり、大学の専攻は飲み会? もうわけわからない。逸話かもしれないが、さほど珍しい話ではないようだ。学業のクライマックスは大学受験。大学は就職までの休養期間にすぎない人が少なくない。しかも、近年は少子化でいわゆる「全員入学」の時代がきた。大学同士の入学希望者の取り合いが始まった。その対策でキャンパスライフを充実させながら学業の負担をさらに軽減する大学もでてきた。この傾向は誰のためにもならない。授業に通う価値もなければ教える価値もない。授業料を払う価値もなければ、そんな卒業生を雇う価値もない。学生、先生、親、企業、誰も得しない。本当の競争力を大学に求めるなら、「楽な大学」ではなく「有意義な大学」を目指すべきだ。僕が考える理想的な大学は卒業するのに相当な努力を要するが、その代わりに卒業生は社会人として必要なスキルと能力がそろっていることを保証する。そんな大学なら学生、親、教授、企業が喜ぶはず。唯一不満なのは酒好きなテニス野郎だけ。さりげなく上述した「必要なスキルと能力」だが、わざとここに「知識」を入れていない。基礎知識や専門知識ももちろん大事。でも日本の教育は知識を過剰評価する癖がある。知識だけを与えて、その使い方や伝え方を教えない。学生の脳はデータを記録するだけの単機能的なものとしてとらえ、大事な処理能力を教えることを忘れている。つまり脳をハードディスクとして使い、CPUとして使わない。今はそんなパソコンも、そんな人材も、この時代では不十分でしょう。従来の教育制度は産業革命の影響を大きく受けている。まずは製造過程と同じように人を流れ作業でつくる、工場モデルに従っている。部品を一個ずつ加えていく製品と同じように直線的な工程で少しずつ知識を身につけて社会人を仕上げようとしている。また、教育の目的も人口の8割が労働者で2割が管理職、専門職だった産業革命後の時代に則した人材育成となっている。しかし、今はIT革命。従来の教育制度は情報社会、グローバル社会の経済形態には適していない。今必要なのは工場や事務所で毎日同じ作業を言われたとおり素直にこなす従順な作業員や社員よりも、同じ業務内容でも、言われなくても必要なことに気づく「想像力」、言われる前に動く「行動力」、思いついたことや行動について伝える「コミュニケーション力」といったスキルと能力を持つ人。つまり「マニュアルどおり」よりも「マニュアルなし」でも動ける人間だ。これから世界が激変し続ける。パトリック・ハーラン1970年アメリカ生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学比較宗教学部卒業。お笑いコンビ「パックンマックン」として活躍。2012年からは東京工業大学で教鞭をとる。その人気講義を書籍化した著書「ツカむ!話術」は、歴代米大統領のディベート術や芸人ならではのテクニックを解説しながら、相手の気持ちを掴むトーク術を披露し、ベストセラーに。『ツカむ!話術』角川書店 864円(税込)日本がその変動についていくためには、まず教育制度が変わらなければならない。どう変えていけばいいのか、それこそがマニュアルのない世界だ。柔軟性と想像力をもって探りながら新しい道を切り開くしかない。とりあえず言えるのは、大学の入学も卒業も、楽かどうかではなく有意義かどうかで表現することから始めたい。冗談なんかじゃないからね。

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