今回の主人公、小野朋生さんは、既に卒業後は製菓の専門学校へ進むことが決まっている。ではなぜ、彼はお菓子作りに興味をもったのか。話を訊いていくと、小さいころからの家庭環境にルーツがあるようだ。小野家では毎年、クリスマスには「サンタさんのために」クッキーを焼くのが恒例で、クリスマス以外にも姉や兄、そして母と一緒にお菓子を作ることが珍しくなかった。その当時はただ、「甘いものを食べたい」と無邪気に喜んでお菓子作りを手伝っていたが、しだいに「作ることが楽しい」に心境が変わっていったという。
「おいしい!って言われるのが嬉しいんですよね。友達や先生から『売っているものよりもおいしい』と言ってもらうと、作ってよかったなと思います」と少し照れながら話す小野さん。実は家で作っていたスイーツが徐々に友達の間で評判になり、高校2年生当時のバレンタインとホワイトデーにはバスケ部男子や仲の良い女子、さらに先生からもリクエストがあり、数十人分のチョコレートを作ったという。
そんな小野さんが自分の進路について考え始めたのは、高校2年のバレンタインの頃。自分が作ったものを食べて、誰かが喜んでくれる。その魅力を知った小野さんは、将来の仕事として具体的にパティシエを意識し始めた。3年に進級するときには、選択科目でフードデザインを選択。自宅でのお菓子作りのほか、調理や食品関係の勉強にも取り組むようになる。
さらにパンフレットを取り寄せたり、学校説明会へも参加したりと情報収集をするうちに、選択肢はいくつもあることがわかってきた。例えば大学へ進学し、栄養学を学んで管理栄養士の資格を取る道。そして専門学校へ進学し、専門的な知識と技術を身につける道。専門学校とひとことで言っても、調理、栄養学、菓子・パンなど、選択するコースはいくつもあり、学校ごとに学べる内容は違う。さまざまな情報を集め、さまざまな可能性を考えていたころ、小野さんは友達から相談を受ける。「具体的にやりたいことが見つからず、なかなか進路を決められない」という友達に、小野さんはこう言葉を返したという。
「やりたいことが明確に決まっているなら、それを専門的に学べる学校を選べばいいけれど、やりたいことがまだ決まっていないなら、大学へ行ってから考えたり、探したりするのもいいんじゃないか」と。そう言葉にしながら、「あ、これは自分のことだ」と気づいたという。自分にはパティシエという明確な夢があるのだから、専門的な知識を身につけられる学校へ進もう、とあらためて思えたのだと。「友達とのやりとりで、自分も成長できたんですよね」
自分は大学へ進むよりも、より実践的なものが学べる専門学校へ行こう。そう決意した彼は、進路志望を具体的にし、2つの専門学校に絞りこむ。そして特別体験入学に参加した。
「その専門学校の卒業生の方が体験入学の日に来て、いろんなお話をしてくれたんです。それから目の前で飴細工の実演もしてくれて、思わず目が釘付けになりました」
体験入学のことを小野さんは振り返る。
洋菓子の飾りに使われる飴細工は、花や白鳥など、さまざまな形にするために飴を熱し、滑らかな状態にして細工を施すもの。飴は冷えると固まってしまうので、熱いうちに素早く細工をしなければならない。約80℃と高温の飴を思い通りの形に仕上げていく様は、まさに職人技だ。「一人前に飴細工ができるようになるには10年、20年かかると言われました」と小野さんは言う。「でも、それを聞いて、『本気でやってやろう!』って思ったんです」
大変なことを覚悟の上で、その道を選ぶ。しかもすぐに結論が出るものではない。「大変そうだからと、別の道を考えなかったのか」と、少し意地悪な質問をすると、「むしろおもしろい、と思うんです」という答えが返ってきた。小野さんはどうやら困難があるほど燃えるタイプのよう。生徒会長や学校行事のまとめ役など、みんながめんどくさがるようなことも、逆に「じゃあ自分がやろう!」と積極的に取り組んできた。その強く前向きな気持ちが、厳しい職人の世界に飛び込む勇気をくれたのかもしれない。
部活を引退し、入学先が決まってから、以前よりもお菓子を作る機会を増やし、かぼちゃプリン、レアチーズケーキ、パウンドケーキなど、いろいろな洋菓子作りに挑戦している。「日頃から作っていないと製菓には進めない」という家族からのアドバイスもあり、進路が決まったからといって羽を伸ばすのではなく、入学までにできるだけ多くの経験を積んでおこうというのだ。
そんな小野さんに将来、どんなパティシエになりたいかを訊いてみると、「まだ決まっていない」と言う。「入学して、学べるものはすべて学んで、そこから考えます」と。
「ただ、一度はフランスへ行きたいです。本場の洋菓子を学んで、ゆくゆくは自分の店をもつのが夢ですね」
困難にも挑戦しようという前向きな、そして実際の経験から学ぼうとする姿勢が、小野さんの進路を決めた。製菓学校での経験を得て、彼がどんなパティシエに成長するか、今から楽しみである。
東京都立山崎高等学校3年
小野 朋生さん
2年生のときには生徒会長を務め、中学・高校と6年間続けたバスケットボール部では常にスタメンという体育会系男子。でも実は小さい頃からよくスイーツを作っており、パティシエになるのが今の目標。
構成/平林朋子 取材・文/夏井坂聡子
撮影/むらいさち デザイン/マイティ・マイティ