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日本でスペイン語を学んで、
グアテマラの貧困問題を解決する。

有村 拓朗(ありむら たくろう)さん
NPO法人スパニッシモ ジャパン 代表理事

川辺 洋平

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Interview Q1.どんな問題に取り組んでいますか?

「グアテマラの貧困問題を解決し、
講師のよりよい生活を後押しするスペイン語オンライン学習。」

—スパニッシモの取り組みを教えてください。

インターネット電話のスカイプを使ったオンラインのスペイン語学習サービスです。
オンラインで質の高いスペイン語を日本の方々に提供し、その料金でグアテマラのスペイン語講師にお給料を払って、彼らの生活がよりよくなるための活動をしています。

スペイン語の講師は、すべて中米グアテマラに住むグアテマラ人です。
スペイン語なのに、どうしてグアテマラ人?と思うかもしれませんが、グアテマラは中米のスペイン語の中でもアクセントが非常にクリアで美しく、ゆっくりと話すため、 スペイン語学習に向いていると言われています。

実際に、私もグアテマラの語学学校でスペイン語を学びましたが、その他のスペイン語圏の人たちと比べても発音は明瞭だし、ゆっくりで聞き取りやすい。
そのレベルの高さから世界中から生徒が集まっていました。

スペイン語は、英語、中国語に次いで、世界で3番目に多く話されていて、今後益々需要が高まる言語でもあります。

日本ではネイティブな講師からスペイン語を学ぼうとすると、対面での授業が1時間2500〜4500円ほどします。
これではいっぱいスペイン語を勉強したくても金銭的な負担が大きくて続けていくことが難しいです。
この問題を解決するために私達は1回の授業を500円という価格で提供することで、より多くの人がスペイン語を学べる機会を作ろうとしています。

スパニッシモは、日本にいながらグアテマラ人による質の高いスペイン語を学べるサービスですが、同時に、グアテマラの雇用問題の改善にも取り組んでいるんです。

—グアテマラは、国民の半数以上が1日2ドル以下で生活する貧困層と言われています。

グアテマラの物価は日本の5分1程度ですが、安定した収入を得られる仕事に就ける人はわずかなため、豊かな暮らしをおくることができていません。

スペイン語学校の先生の場合も、生徒のほとんどが観光客。
このことから観光客が多い時期(ハイシーズン)と少ない時期(オフシーズン)によって生徒の数が大きく変動し、お給料に影響します。
オフシーズンには生徒も集まらず、失業状態が続く先生も少なくありません。

スパニッシモはこの「観光客だけに生徒を頼っている」状態を変えるためにオンラインでスペイン語学校を始めました。
スパニッシモで、スペイン語を学ぶ日本人が増えれば増えるほど、グアテマラの先生たちに安定した仕事と収入を提供することができる。

日本人にとっては格安のスペイン語学習サービスも、グアテマラの人達にとっては、毎日を安心して暮らしていけるだけの収入になります。

日本にあるスペイン語のオンライン学習サービスの中では、スパニッシモは先生の数が一番多く、すでにウェブサイトに載っている先生のうち20人以上がスパニッシモだけで生計を立てられるようになっています。

スパニッシモをもっともっと拡大させることで、より多くのスペイン語講師の生活の役に立てるし、これが引いてはグアテマラの経済にも役立つと思っています。

グアテマラでも語学留学生指導に定評のある語学学校と提携しています。

Interview Q2.今の取り組みをやろうと思ったきっかけは?

「素朴で、明るいグアテマラの人たちに惚れてしまった。」

—グアテマラを訪れたきっかけは何だったのでしょうか?

大学生の頃から、チャンスがあれば起業したいと思っていたのですが、いざ実行しようと思うと失敗したらどうしようという考えばかりが浮かび、すぐに行動に移せませんでした。

大学を卒業して、働きはじめて、住んでいたシェアハウスで、友人たちとよく将来について話をしていたんです。
その中に、アジアやアフリカを旅した友人がいて、その話を聞いているうちに、「旅に出て、外から日本を眺めることで新しい価値観やビジネスのキッカケが見つかるかもしれない」と思ったんです。
動き出すきっかけを探していたんだと思いますね。
起業することを前提に旅することを決め、出発までに旅と起業資金の300万を貯めました。
そして、世界一周の旅に出発しました。

—いきなり世界一周というのもすごいですね。それでグアテマラへ?

まだまだ発展途上で、行ったことがない、見たことがないところに行きたい。
それにどうせ行くなら日本語、英語以外でもう一言語学びたい、とも思っていました。
それで調べていくと中南米というとてつもない大きな大陸に行き着きました。

グアテマラは、3ヶ国目に訪れた国でした。
旅人の間で、「グアテマラは格安で質の高いスペイン語を学べる」と言われていて、スペイン語圏を旅するなら、まず言語を身につけようと3ヶ月ほどマンツーマンレッスンを受けました。
噂通りにレベルの高いレッスンでしたが、話せるようになってくるとグアテマラの現実も少しずつ見えてきたんです。
それが最初にもお話した不安定な仕事事情です。

スペイン語を習っていた先生の自宅に遊びに行ったことがあるのですが、兄弟8人と両親の合計10人で生活をしていました。
一人一人の稼ぎが大きくないので皆仕事にいき、その給料の合計で生活しているとのことでした。
日頃はラテン系らしく、陽気で笑顔にあふれていても、その裏には厳しい現実があることを知りました。

—その後も旅を続けたのですか?

グアテマラのことは気にかかっていましたが、世界一周の旅を3ヶ国目で終えるわけにもいきません(笑)

南米大陸の手前のパナマまで旅してから、起業をするならどこだろうと振り返ってみたんです。
色んなアイディアはありましたが、やっぱりグアテマラのことが一番気にかかっていました。

素朴で明るく楽しいグアテマラの人たちに惚れてしまったんですね。
あの人たちをもっとハッピーにしたい。
そう思って、グアテマラに戻り、旅人のままスパニッシモを起業しました。

世界一周の旅行中に訪れたボリビアのウユニ塩湖。地球の美しさを感じました。

Interview Q3.どんな高校時代でしたか?

「バスケ漬けの3年間。大学へ行く意味なんて、わからなかった。」

—グアテマラで起業した有村さんは、どんな高校時代を送っていたのですか?

ごく普通のというか、体育会系な高校生活を送っていました。
中学から大学まである付属校に通っていたので、受験もなく、バスケットボール漬けの3年間を過ごしました。

バスケ部は地元の強豪校だったので、入部希望者は地域の選抜に選ばれるような選手ばかり。
中学から女の子にモテそうだとバスケを選んだ私とは実力差も大きくて(笑)。

それでも、負けず嫌いなので、1年のうち363日をバスケに打ち込み、レギュラーにはなれませんでしたが、辞めることなく最後まで続けました。
おかげで、チームは全国大会に出場。
人並み以上に努力すれば報われることを実感しましたね。
またチームで大きなことを達成する喜びも味わうことができました。

—付属大学へ進学しますが、学部はどう選ばれたのですか?

付属だったので、正直、「大学へ行く意味」を深く考えずに進路を決めていました。
3歳から7歳までアメリカのロサンゼルスで暮らしていた経験から英語が得意だったので、それを活かせたらいいなっていうのと、よく海外の友達とメールやチャットをしていてインターネットの仕組みが面白そうだからそれが学べる学部がいいな、くらいの気持ちでした。
それを満たしてくれる学部を探して、総合政策学部のメディア情報学科に進みました。

—高校生のときに思い描いた学部でしたか?

幸いにもというか、興味のある分野の授業は多かったです。
ネット系の授業も多く、先進的だったのですが、兵庫県の三田という辺ぴなところにキャンパスがあって、街もシャッター商店街だらけで学生に不人気(笑)。

だったら、自分たちで三田をもっともっと面白くしよう、楽しいところにしようと思って、三田キャンパスのポータルサイトをつくったんです。
次にくるバスの時間がわかったり、サークルの告知が一覧できるといった便利な機能から、キャンパスの変人(面白い人)を集めた記事なんかを載せて。

変人もさがすと、全米アクセサリーコンテスト優勝者とかいるんですよ。
数珠つなぎでいろいろな変人が集まってきて、それがコンテンツとなり、またそういうキャンパスにいる人に「会いたい」という同じキャンパスの人の繋がりができたりして盛り上がりましたね。
商店街を活性化させようと、学生専用のお店のクーポンを企画して発行したり、三田の街を巻き込んでいきました。

—すごい行動力です。海外との接点は、あったのですか?

2年生の時に、アメリカのネブラスカという田舎の大学に1年間、留学しました。
帰国したら、周りはなんとなく就職を意識しはじめる時期。
ですが、私はみんなと同じように就職活動をするのが嫌で、大した考えもなく、周りに「MBAをとって、起業する」って公言してました。
結局、普通に就職してしまうので、今考えるとかなり恥ずかしいですが(笑)。

ただ、当時から、何かと、人と同じではなく、自分ならではのことをしようと考えていました。

アメリカ・ネブラスカの大学に留学中。何もない田舎町でしたが、楽しかったですね。

Interview Q4.高校生のみんなにアドバイス!

「決断が、自分の人生を形作っていく。」

—進路を考える上で、心がけることは何でしょうか?

自分の将来について少しでも考えて自分の可能性が広がりそうなところを選ぶ、ということでしょうか。

私は大学付属の高校でしたので、大学へ行く意味もよく考えずに、進学しました。
バスケ漬けの3年間でしたし、視野も狭かったと思います。
ただ、私の場合は「得意を伸ばす、興味あることを勉強しにいく」だけは気にしました。

実際、大学に行ったことで、いろいろな仲間に出会えました。
スパニッシモを一緒に運営している仲間もそうです。
自分が興味のある分野を時間をかけて勉強することもできました。
なので、違う選択肢もあったかもしれませんが、後悔はしていません。

進学先を選ぶ理由は、いろいろあると思います。
偏差値が高い大学に行きたいという理由かもしれません。家から近いというのも理由でしょう。
中学、高校時代を振り返って、自分がものすごく熱中したことがあれば、さらに没頭できるような選択をしてもいい。
ワクワクするような新しい世界に挑戦するのもいい。

忘れてほしくないのは、その決断は家族のためでも誰のためでもなく自分のための決断であること。
だからこそ自分の可能性が広がるような選択をしてほしいと思います。

そして選択した中で一生懸命やる。勉強でも遊びでも仕事でも。

そうすることで、必ず自分の生きていきたい道は拓いていくと思います。

自分の可能性が広がるような選択をして、悔いのない人生を!


有村 拓朗(ありむら たくろう)さん
NPO法人スパニッシモ ジャパン 代表理事

・1985年東京生まれ。28歳(2014年3月現在)。
・関西学院大学総合政策学部卒。リクルートを経て、2011年12月にスパニッシモ設立。
・2011年1月から世界一周の旅をするなか、中米グアテマラを訪れる。
・現地の不安定な雇用状況や経済状況を知り、現地でスパニッシモを起業。
・グアテマラの現地人を講師にしたオンラインスペイン語学習サービスを立上げる。