自由がキミを強くする

周囲に合わせるだけでは本当の自分はひらかない。時代を追うだけでは個性を失うだけ。たとえ未熟でも、不器用でも、自信がなくても、そんな自分ごと引き受けて、平気で挑戦すればいい。心から行きたい道を選んで、全力でぶつかればいい。自分を生きている。その自由の手ごたえがキミを強くする。

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山浦 雅大

少年時代の自分を、裏切らないように。映画の世界に、関わり続けたい。

脚本家

山浦 雅大

2000年、文学部日本文学科卒業。在学中に脚本の学校へ。2002年にデビューし映画、ドラマで多数の脚本を手掛ける。2024年に『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』、2026年に『爆弾』でアカデミー賞優秀脚本賞を受賞。自由とは、「悩むことではないか」。

必死に向き合った先に、自分らしい作品が生まれる

子どもの頃から映画が好きで、「世界一の映画監督になる」と思っていました。立教では演劇サークルの活動に没頭し、楽しいことがたくさんあった反面、「本当に芝居が好きなのか」と揺らぎ、悩むこともありました。人生に『青春』という日々があるなら、立教時代がまさにそう。本当は映画監督になりたかったけれど、今から思えば勇気が出なかった。就活を始めた親友を横目に、多少の焦りも覚え、脚本の学校に通うことに。それが今の原点です。映画はシビアな世界で、実績を重ねた今でも、5本書いたうち、世の中に出ていくのは、よくて2〜3本。変な話、僕は今でも「いつでもクビになる」という恐れを抱え、脚本を書いています。余裕なんてない。だから自分の作品を見るのが嬉しくて。昨日も試写があって、それは2度目。脚本を書けた作品は何度でも見たいんです。エンドロールに自分の名前を見つけると、本当に嬉しくて。

立教時代の思い出や経験が、
今の自分をあたためてくれる

立教時代の仲間とは、今でもときどき会っています。日本アカデミー賞を受賞した時も祝ってくれました。大学2年の夏に参加した沖縄キャンプで出逢い、それは、僕の中で深く心に残る体験でした。昼間はハンセン病療養所を訪ね、夜は宿の大広間で車座になり、とりとめもなく語り合いました。昼間の療養所での交流にどんな意味があるのか、自己満足ではないのか、若さゆえの尖った言葉でぶつかり合い、本気で向き合った仲間たち。立教には、今の自分をつくる種があったと思います。自分を気にかけてくれる人との出逢いとか、「人生が変わる」と勧められた沖縄のキャンプとか、劇団とか、脚本家の道に進むきっかけだとか。「自由」とは何か。それはきっと悩めることではないかと。でもそれって幸せだと思いませんか。夢があれば追えばいい。たとえなくても、自分らしくいればいい。立教は、それが許される環境だと思うから。

※掲載の情報は2026年7月時点のものです。

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佐久間 しんじゅ

大きな舞台でも自分らしく。大学で培った自信が、私を変えた。

北海道日本ハムファイターズ 通訳

佐久間 しんじゅ

2024年、異文化コミュニケーション学部異文化コミュニケーション学科卒業。在学中に北海道日本ハムファイターズに採用され、2024年1月から通訳として活躍。自由とは、「好きなことに躊躇せず飛び込めること」。

思い切って行動した先に、つかんだチャンス

バドミントンの世界選手権でチームリエゾンのアルバイトをしたことが、すべての始まりでした。ネイティブでも帰国子女でもない私に仕事としての通訳は務まらない、初めはそう思っていました。しかし、立教での経験がこの世界に飛び込む後押しをしてくれました。北海道日本ハムファイターズの通訳の求人に、思い切って応募。チャンスを掴むことができました。実はもともとは間違いを恐れて、なかなか自分の意見を主張できませんでした。大胆に行動できるようになったのは、大学の「グローバル・リーダーシップ・プログラム(立教GLP)」や国際交流寮で留学生のサポートをした経験のおかげです。積極性と自信。十人十色のリーダーシップを知り「間違えても大丈夫」と、今の生き方につながる軸と、新しい自分を発見できました。

Buddyとして。
選手の望みに寄り添う

現在は、北海道日本ハムファイターズで通訳として外国人選手に監督やコーチの言葉を伝えるほか、インタビューやミーティング、そしてプライベートでもサポート。言語や文化の壁を取り払えるよう、選手の家族も含め寄り添います。私が想像できないくらいの努力を積み重ね、この場にいる選手のために、常に選手ファースト。試合中の緊迫した場面でも、限られた時間の中でも、監督やコーチの言葉を一語一句的確に伝え、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるよう力を尽くします。選手が好調なら私も嬉しいし、成績が奮わなければ私も悔しい。まさに二人三脚です。一流の選手と苦楽を共にできるのは、スポーツ通訳者の醍醐味です。今後は、大学時代から学ぶスペイン語も流暢に話すのが目標です。多言語を操り、グローバルに活躍の場を広げたいです。

佐久間 しんじゅ

※掲載の情報は2026年2月時点のものです。

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横山 直人

こわさを感じたらそれはチャンス。常に、自分の枠の外へ。

株式会社フライウィール
代表取締役CEO

横山 直人

2000年、経済学部経済学科卒業。2002年、ニューヨーク大学大学院修了(Interactive Telecommunications Program)。NTTドコモ、Google Japan、Facebook Japanでキャリアを積んだ後、2018年2月に株式会社フライウィールを起業。自由とは、「多くの選択肢を持ち、その中から自分の意思と責任で決められること」。

同級生が就職活動に励む中、留学を決意

何がしたいのかわからないけれど何かしたい。そんな思いを抱えていた大学時代、突破口の一つになったのが、各界で活躍する立教卒業生による「赤レンガ講座」でした。そこで出会った広告代理店の方から「今後はデジタル広告が主流になる」という話を聞いて、高校の頃からパソコンに興味があった私は「インターネットを学ぼう」とアメリカ留学を決意。同級生が就職活動に励む中、大学院に進むために猛勉強を始めました。みんなと違う道を行くことに不安もありましたが、それを解消するには結果を出すしかない。そう決意して入学したニューヨーク大学大学院は、授業内容も学び方もすべてが未知の世界。わからないことに直面して戸惑い、こわさを感じながら、何かを掴もうともがいた日々でした。

一歩踏み出してみると
意外と道は開ける

人は、わからないことを恐れるものですよね。けれど、こわさを感じたときは、新しい知識やスキルを得たり、視野を広げたり、もう一つ上の段階に進むチャンスだと思います。まずは一歩踏み出してみると意外と道は開けるもの。私自身、変化を積極的に受け入れながら挑戦を続けた先に、起業という選択肢が必然的に現れました。データとAIを活用して企業のビジネスはもちろん、社会構造もよくしたい。そんな思いからフライウィールを創業して7年目の今、思いが確実に形になってきています。やらずにわかることよりも、やってみてわかることのほうが多いから、自分に制限をかけないで、常に、自分の枠の外へ。その姿勢が納得感のあるキャリア、豊かな生き方につながると身をもって感じています。

※掲載の情報は2024年2月時点のものです。

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太田 ゆか

まずは行動。その積み重ねが覚悟と希望に変わるから。

南アフリカ政府公認サファリガイド

太田 ゆか

2018年、観光学部交流文化学科卒業。在学中に南アフリカのサファリガイド訓練学校に留学し、資格を取得。2016年からガイドとして活動し、野生動物の保護活動にも注力している。自由とは、「夢を追いかけられる環境にいること」。

始まりは、「野生動物を守りたい」

夜空には流れ星が降り注ぎ、寝ているとライオンの遠吠えが聞こえる。そんなサバンナに暮らして8年。未来の自分がここにいると18歳の私が知ったら驚喜するでしょう。幼い頃から動物が好きで、野生動物を守る仕事をしたい、そのチャンスを何とか手繰り寄せたい一心で立教大学の観光学部を選びました。モンゴルやマレーシアの自然保護区を訪れ、環境保全と観光の関係について学んだゼミ合宿。2年次、サバンナ保全のボランティアに参加して生命そのもののような大地に魅了されたこと。3年次、大学を1年休学して敢行した南アフリカのサファリガイド訓練学校への留学。立教時代、手探りでもまずは行動したことが積み重なって、「この道しかない」という覚悟と希望に変わりました。

自然と動物とともに
生涯サバンナで

南アフリカ共和国北東部にあるクルーガー国立公園が私の職場です。世界中から訪れる観光客の方々に、サバンナの動物たちが直面している問題を伝えて、その先の保護活動に興味を持っていただけるようなツアーづくりやガイドに努めています。最近は日本からのお客さまが増えるにつれて、自分が日本人としてアフリカに貢献できることも増えてきて本当に嬉しい。オフの日は動物の保護活動を行っていますが、サイを密猟から守るために角を切るにも、象やライオンにGPSを取り付けるにも、一頭に多くの労力とお金が必要で、その道のりはまだまだ長くて気が遠くなるほど。それでも、人間も自然の一部なんだと心から思えるこの地が好きで守りたいから、生涯サバンナで働くことが目標です。

太田 ゆか

※掲載の情報は2024年1月時点のものです。

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