授業の裏側にDIVE! シリーズ#3
『万葉集』で読み解く。
古代人のリアルな心と暮らし。
文学部 日本文学科
日本文学講読I
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
授業紹介
古典文学を、知識として覚えるのではなく、歌の背景や人々の暮らしに触れながら読み解いていく。そんな授業として人気を集めているのが、『万葉集』をテーマに学ぶ「日本文学講読I」。教鞭を執るのは、日本における『万葉集』研究の第一人者の一人として、その魅力を長年世の中に発信し続けている上野教授です。
古代の人々はどのように暮らし、どのような思いを抱いていたのか。歌の背景にある社会や風土を理解しながら、人々の生活実感や感情に目を向け、一首ごとの表現を丁寧に読み解いていきます。
授業は講義だけでなく、時に学生の発表や討論も取り入れて進行。単なる知識の習得にとどまらず、自分の言葉で考え、発信する力を育てます。
上野 誠
文学部 日本文学科 教授(特別専任)
1960年、福岡生まれ。國學院大學文学部教授(特別専任)、奈良大学名誉教授。万葉文化論の立場から、歴史学・民俗学・考古学などの研究を応用した『万葉集』の新しい読み方を提案。MBSラジオ「上野誠の万葉歌ごよみ」などにより、『万葉集』を学ぶことの楽しさを、多くの人びとに伝えている。
著書『古代日本の文芸空間』(雄山閣出版)、『魂の古代学――問いつづける折口信夫』(新潮選書)、『万葉挽歌のこころ――夢と死の古代学』(角川学芸出版)、『折口信夫的思考-越境する民俗学者-』(2018年、青土社)、『万葉文化論』(2018年、ミネルヴァ書房)など多数。近年執筆したオペラの脚本も好評を博している。
日本文学科の必修科目で『万葉集』を学ぶことの重要性を教えてください。
最も日本的かつ国際的な古典作品で、文化の本質を学ぶ。
『万葉集』は、奈良時代に編纂された日本最古の歌集です。『万葉集』を手本として『古今和歌集』や『新古今和歌集』が生まれていきますので、日本文学の原型とも言えます。そうした最も日本的な側面を持ちながら、その一方で漢文や中国文化の影響を受けており、国際性も共存しているところに、『万葉集』のすごさがあります。
今の日本社会では、グローバル化に対応していくことが求められています。ただ、グローバリゼーションが浸透していけばいくほど、個別の文化への敬意を失ってはいけないと私は思います。外国の優れたところを取り入れる時代にあっても、その国の土台となっている文化を学び、その心を忘れないようにしなければいけない。それこそが、最も日本的であり、最も国際的である古典作品『万葉集』を学ぶ本質だと考えています。
「日本文学講読I」では、
なぜ『万葉集』の中でも巻19・巻20を扱っているのですか?
地方赴任した大伴家持の心と生活を映し出す "歌日記"。
1つ目は大伴家持の歌が年代順に歌日記のように収められていること。国司として赴任した地方での生活を背景に、どんな思いで、どんな歌を作ったのかを知ることができます。
2つ目は、個人的な事情ですが、私は学生時代に折口信夫先生の著書『日本文学啓蒙』をもとにした講義を直接受けたことが忘れられない記憶として残っています。『万葉集』巻1から巻20について、非常に名誉なことに、私の個人注釈書が今後刊行される予定となっています。今、ちょうど巻19と20について書いているんですよ。いつか学生たちがその本を手に取って、「この講義を受けたんだ」と誇りに感じてくれたらと願っています。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
『万葉集』研究の道に進んだ理由と、その魅力について教えてください。
歴史書には残らない、古代人の心と人生の記録。
実はもともと史学科志望でしたが、結果として日本文学科に進学してよかったと思っています。というのも『万葉集』は、数百人にのぼる人々の心の声を聞ける、きわめて貴重な一次資料でもあるからです。
例えば、大伴家持が越中(現在の富山県)の国司に任命された記録は『続日本紀』に残っていますが、二十歳の時に恋人が亡くなって辛い思いをしたことについては『万葉集』にしか書いてありません。新聞の一面をまとめたような歴史書だけでは、「人々がどう生きたか」までは見えてこないもの。一人ひとりのさまざまな経験や心情を読み取ることができる『万葉集』は、単なる歌集ではなく、人々の人生の記録でもあるのです。
おすすめの『万葉集』の歌を紹介!
明日香宮より藤原宮に遷居りし後に、志貴皇子の作らす歌
采女の
袖吹き返す
明日香風
京を遠み
いたづらに吹く
(志貴皇子 巻1-51)
采女たちの袖を吹き返していた明日香風は、都が遠のいてしまったので……今はむなしく吹いている。
明日香宮から藤原宮に都が遷った後で志貴皇子が作った歌である。「そこにはただ風が吹いているだけ。昔はここに都があったんだけどな」という作者の感傷の気持ちが伝わってくる歌である。この歌に思いを馳せるには、廃校になってしまった校舎や使われなくなった船を思い浮かべるとよい。「自分は昔ここで遊んだんだけどな」というふうに。
天を詠む
天の海に
雲の波立ち
月の舟
星の林に
漕ぎ隠る見ゆ
(作者未詳 巻7-1068)
天の海に、雲の波が立つ……。月の舟は、星の林に……、漕ぎ隠れてゆくのが見える——。
「天の海」は、大空。空を海に、雲を波に、雲間から見える三日月か半月は船に、星は林にたとえられている。おそらく七夕の歌であると思われるが、スケールが大きく、ロマンチックで、メルヘンな歌の世界が、すでに『万葉集』で展開されているのである。この歌は巻7の雑歌の巻頭に収められており、当時も高い評価がなされていたのであろう。
志貴皇子の懽びの御歌一首
石走る
垂水の上の
さわらびの
萌え出づる春に
なりにけるかも
(志貴皇子 巻8-1418)
岩の上をほとばしり流れ出る滝のほとりの蕨が萌え出すように天に向かって伸びてゆく……春になった!
『万葉集』が好きな人に好きな歌を聞くと、この歌をあげる人が非常に多い。その理由は、春が来た悦びをこれだけ素直に、上品に、生き生きと描いた歌がほかにないからだろう。題詞の「懽び」とは、浮き浮き、どきどきする悦びのことである。私は毎年、新入生を迎えると、この歌を講義することにしている。新入生を祝福するために。
受講学生の声
山中 洸
文学部 日本文学科 2年
日本文学や民俗学に興味を持ち、好きな分野を突き詰めて学べる環境として國學院大學に入学。伝承文学専攻で、祭りや信仰などの研究を行う予定。
民俗学や伝承文学の視点から見ても面白い『万葉集』。
私は民俗学に興味があり、その観点から『万葉集』を読むと、農民や地方の人々の歌である吾妻歌なども含まれており、当時の生活の片鱗を垣間見ることができる点が魅力です。浦島太郎伝説の原型となる歌も『万葉集』に載っており(巻9-1740)、伝承文学の土台となっていることもわかります。また、『万葉集』には今もなお読み方や解釈が定まっていない歌もあり、そうした謎やロマンも『万葉集』の魅力の一つではないでしょうか。
『万葉集』をもっと身近に。第一人者から学べる貴重な機会。
実は高校時代から『万葉集』関連の著書を通して、上野教授のことは存じ上げていましたので、直接学べる機会はとても貴重な経験だと思っています。上野教授は古代人の生活や感情にフォーカスした研究手法を取られており、授業を通じて、現代的な視点だけでなく、古代人の感性も理解できるようになってきました。『万葉集』に対して、難しそうと感じる方もいるかもしれませんが、現代語訳や面白い解説書が豊富にあるので、まずは触れてみてほしいですね。
私の好きな『万葉集』の歌
君が行く
海辺の宿に霧立たば
我が立ち嘆く
息と知りませ
(作者未詳 巻15-3580)
アナタが行く海辺の宿で、もしも霧が立ったなら‥‥ワタシが都で立ち嘆いている息だと思って――ワタシのことを思い出してください。
日本から新羅の国に遣わされた遣新羅使人の贈答歌の一首で、旅立つ夫を送り出す妻が別れを悲しんで歌ったもの。『万葉集』は、時代を超えて、こうした歴史の表舞台には出てこないような人々の心にも触れることができる作品です。
古代の人々の心や暮らしに触れながら、言葉を深く読み解いていく。
『万葉集』を通して育まれるのは、古典の知識だけではありません。
日本文化の源流を知り、人や社会を深く見つめる視点を養っていきます。



