第6回ビジネスパーソンのためのリカレント教育活用ストーリー

事業企画×ビジネススクール 編

大きく成長するために、「最も負荷の高い学び」として大学院を選ぶ

写真:富岡啓太さん
富岡啓太さん(早稲田大学ビジネススクール修了)
早稲田大学第一文学部を卒業後、航空会社系列の販売事業会社に就職して営業、空港業務、事業企画を経験。2016年4月に早稲田大学ビジネススクールに入学し、その後、同社経営企画部勤務を経て、2019年に株式会社ドリームインキュベータに転職。現在はコンサルタントとして活躍中。

航空会社系列の販売事業会社に就職して10年、営業からキャリアをスタートし、20代のうちに空港で10人ほどの接客スタッフを率いるリーダー職になるなど、早くから多くの経験を積ませてもらったと思います。ただ、自社のビジネスがひと通り分かってきて、改めて今後のキャリアを考えたとき、「このまま直線的に成長することはあっても、飛躍的に成長することはないのではないか」と感じるようになりました。

もう少し自分のキャリアの選択肢を広げたい。そのためにも、何か今までと全く違うことをやってみたい。かといって、明確に「やりたいこと」があるわけでもない――それならいっそ、最も負荷が高いことをやろう!と、MBA課程で学ぶことを決めました。一番負荷がかかることが、最も自分を成長させてくれるのでないかと考えたからです。

早稲田大学ビジネススクールを選んだ理由は、母校が開設している大学院だったということもありますが、アカデミックの教員と実務家の教員がちょうど半々くらいとのことで、よりバランスよく学べそうなところが魅力でした。

ちなみに学部生時代は文学部で、専攻は西洋史学。といっても、経済や経営を学んでいないことでビハインドを感じる場面はありませんでした。むしろ、経営の世界でもリベラルアーツが重視されつつある今、ちょっと「自分って貴重かも!」と感じたくらいです(笑)。

夜中のフェイスブックで「オンライン」の仲間たちに励まされた日々

私はもともとコミュニケーションには積極的なタイプ。空港の接客現場で部下をまとめていた経験も手伝って、新しい環境で人と接することにも全く抵抗はなく、授業でもどんどん手を挙げて発言する方でした。今思えば、その発言の裏側にあるべきロジックが言語化できていなかったのですが……。

意欲高く学べていた中でも、苦労したのは会社の「財務・管理会計」に関する分野でした。在籍していたのが営業会社だったので、戦略やマーケティング、事業企画といったことはある程度分かるのですが、財務関連については用語からしてまるで分からず、授業で聞こえてくる言葉もまるで呪文。ですが、「これも自分に負荷をかけるため」と、そういう科目をあえて多めに選択して自分を鍛えました。同級生には税理士や会計士、あるいは経理の仕事をしている人など「お金」に詳しい人もいたので、そういう人にも積極的に助けを求めました。

また大変だった事といえば、実は入学直後に子供が生まれたんです。仕事に無理やり区切りをつけて大学院に行き、何とか終わって帰宅しても、まだ一日は終わりじゃない。そんな生活をしながら、2年目のゼミ選びでは「筋トレゼミ」の異名を取るほど厳しい池上ゼミを選ぶなど、とことん自分に負荷をかけた2年間でした。

そんな中で励みになったのはやはり仲間の存在でした。夜中に課題に取り組んでいて、ふとフェイスブックを見ると、同級生の多くにオンラインを示す緑のマルが点灯している。ああ、みんなこの時間にも起きて頑張っているのだなと励まされたのもいい思い出です。

また、「今の自分は人から見てどうなのか」を知ることができたのも、仲間がいてこその貴重な経験でした。たとえば、私がゼミ長としてうまくみんなをまとめられないでいると、「さっきの発言はこういう意味で言ったのかもしれないが、伝わっていないと思う」というように、誰かが率直に指摘してくれるのです。これが会社なら、互いに空気を読み、足りない部分を共通認識で補って終わってしまうかもしれない。そんなことも、ポジティブにフィードバックし合えるのは学びの場ならではであり、そんな経験を通じて、新しい自分を発見することもできました。

大学院で気づいた「理想の自分」を目指し、今後も学び続けたい

写真:富岡啓太さん

大学院を修了後、経営企画部に異動になり、もう少しここで頑張ろうかとも思ったのですが、真に学んだことを生かすにはやはり転職が必要だと判断し、修了後1年で転職して戦略コンサルタントとしてのキャリアを歩みはじめました。

一般的に、コンサルティングファームは業種ごとに担当が分かれている場合が多いのですが、今いる会社は、1人のコンサルタントが次々に異なる業界を担当します。私自身も入社以来、エネルギー業界、住宅関連業界、医薬品業界等を担当し、今は電気通信業界のクライアントに関わっています。「航空会社しか知らなかった自分が」と思うと感慨深いですね。しかし考えてみればまさに大学院でやっていたことを実践している毎日。発想をロジックでつなぐ訓練を重ね、言語化ができるようになったおかげで何とか頑張れていますが、そもそも学んでいなければ今の仕事に就くことさえできなかったでしょう。

学ぶ前もそうでしたが、私は「こうしたい」という目標を持ったことがなく、実は今もこれという目標はありません。ただ、大学院での学びを通じて「こう在りたい」という姿はあると気づきました。それは、まさにゼミの指導教授であった池上先生のようになることであり、戦略コンサルタントに転身した理由もそこにあります。専門分野に詳しいだけでなく、広い業界に通じ、経営者個人レベルまで知リ抜いている先生のように、自分も人としての懐の深さを追求したい。そのために今後も学び続け、アンテナも張り続けるつもりです。

考えてみれば「目標」とは、今の自分に見える範囲でしか立てられないもの。自分の見える範囲が広がれば変わるものであり、そうやって「これ」と決めずに追い求め続けていけばいい。そう考えると、明確な目標がなかった昔の自分も、あながち間違っていなかったのかなとも思います。

教員から

最大限に「学び合い」の場を活用することが、大きな成長につながります

写真:池上重輔教授 早稲田大学には、アカデミックなら学会長クラス、実務家なら大手コンサルティングファームの社長クラスの教員がそろい、最大限の環境が整っています。といっても、大学院での学びは「学び合い」。入試でも必ず「あなたは何を学びたいですか」というのではなく、「あなたは何で貢献できるか」と問いますし、日頃から「人の頭を使って考えよ」と伝えています。私のゼミでは、年齢や立場にかかわらず全員がニックネームで呼び合うよう、最初の授業で呼び方を決めていますが、それもよいコミュニティを作るため。ちなみに富岡さんは「トミー」でした(笑)。

 トミーが「自分に負荷をかける」のは、どこまで頑張れるかチャレンジしたかったのでしょう。ここまでのキャリアが順調だった分「これでいいのか」という思いがあったんですね。つらく苦しく、でも楽しみながら、この場をよく活用してくれました。

 コンサルティングファームにもさまざまなタイプがありますが、ドリームインキュベータ社は深いインサイトが求められる会社。彼の場合は、持ち前の発想力とインターパーソナルスキルに、早稲田大学ビジネススクールで経営知識が加わることで求められるインサイトが生まれました。それが今の活躍を支えているのだと思います。


池上重輔さん

早稲田大学ビジネススクール教授。一橋大学にて博士号(経営学)を取得し、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て2016年より現職。専門は経営戦略、グローバル経営。

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