大学院の入試問題ってどんな感じなの?という皆さんのために、実際の過去問と解答のポイントを紹介するこのコーナー。今回は、受験生からの人気が特に高い臨床心理士指定大学院の研究計画書にスポットを当てました。研究計画書の実例を参考に、テーマ設定や構成、表現について具体的なポイントを解説していきます。このジャンルを志望している人はしっかりチェックしてくださいね!
第10回 今回のテーマ:
臨床心理士指定大学院の研究計画書編
研究計画書例
解 答
「中途肢体障害の高齢者における障害受容過程の検討
QOLとの関連から」
研究背景
2003年の日本の平均寿命は、男性が78.36歳、女性が85.33歳となり、世界の中でも1番の長寿国となっている。(厚生労働省2003簡易生命表)。社会保障・人口問題研究所(2002)によると、日本の65歳以上の老年人口は、2000年で全人口の17.4%、2017年に27.0%、2050年には35.7%に達し、超高齢化の社会がおとずれることが推計されている(吉良,2003)。
西村(1994)によると、老年期には生きるための精神的エネルギーの低下をもたらすような大きな喪失が表面化してくる。その主要なものは、「心身の健康の喪失」、「経済基盤の喪失」、「社会的かかわりの喪失」、「生きる目的の喪失」である。平山(1995)は、高齢者はしばしば複数の身体疾患に罹患しているケースや、転倒による骨折などを契機に寝たきりなることも多く、身体の喪失体験が精神の健康におよぼす影響は深刻なものがあると指摘している。
疾患や外傷などにより身体に障害をもつことで引き起こされる中途障害者の心理的適応は、障害受容と呼ばれている(高林,2000)。代表的な障害受容理論には、障害受容を身体、心理、社会の3つの側面から考慮するべきと指摘するGraysonの理論、Wrightの価値転換理論、CohnとFinkの段階理論などがある(田垣,2002)。・・・
〜 省略 〜
研究方法
・・・つまり、個人の特性や状況により障害受容過程が異なる可能性があると考えられる。
そこで、本研究は、中途肢体障害をもつ高齢者を対象とし、障害受容過程のプロセスを、関連要因の影響を含めて明らかにすることを目的とする。障害受容過程のプロセスにおける各段階は、小嶋(2004)が、脊髄損傷者の研究で見出した「ショック」、「完治への期待」、「不治の否認」、「不治の確信」、「努力」、「絶望」、「あきらめ」、「解放」、「模索」、「受容」の10のカテゴリーを使用し、これを基に半構造化面接にて調査する。これにより、各個人における受傷から各段階に至る経過を、時間的、社会的文脈の状況を捉えながら検討することができると考えられる。・・・
〜 省略 〜
・・・障害者本人は、公的援助をうけることを依存と見なすこともあると述べている(田垣,2002)。したがつて、同じ障害受容過程のプロセスにおいても個人によって意味づけや目的が異なる、すなわち、質的に異なる可能性もあると考えられる。したがって、本研究では、障害受容過程をQOLとの関連からも検討する。QOLの尺度は、WHOが作成したWHO/QOL-26の日本語版を使用する。これは、身体領域、心理的領域、社会的関係、環境の4領域下位24項目からなり、対象集団の経時的QOLの変化だけでなく、対象集団間の比較もできる尺度である。障害受容過程とQOLとの関連を検討することで、どのような要因が受容過程に影響するのか、あるいは、受容に至った場合と至らない場合の主観的、客観的な評価の違いなど、関連要因を多面的に捉えることができると考えられる。それにより、中途障害者に対する理解、および支援のための示唆が得られると考えられる。
引用文献
●平山正実 1995 ライフサイクルからみた老いの実相 南博文・やまだようこ(編) 講座生涯発達心理学 中年・老年期 金子書房 153-193.
●星野和美・山田英雄・遠藤英俊・名倉栄一 1996 高齢者のQuality of Life 評価尺度の予備的検討—心理的満足度を中心として— 心理学研究,67,134-140.
●吉良伸一 2003 高齢化社会の特質 辻正三・船津衛(編)エイジングの社会心理学 北樹出版 26.
●小鳴由香 2004 脊椎損傷者の障害受容過程 受障時の発達段階との関連から 心理臨床学研究, 22, 417-428.
●森省二 1994 対象喪失 伊藤隆二・橋口英俊・春日喬(編) 老年期の臨床心理学 駿河台出版社 185-277.
●西村純一 1994 生きがいの喪失 伊藤隆二・橋日英俊・春日喬(編) 老年期の臨床心理学 駿河台出版社 185-195.
●大木桃代 2002 QOLのアセスメント 日本健康心理学会(編)健康心理アセスメント 実務教育出版 101-105.
●高林雅子 2000 視覚障害と障害受容 河野友信・平山正実(編) 臨床死生学事典 日本評論社 202-203.
●田垣正晋 2002 「障害受容」における生涯発達とライフヒストリー観点の意義—日本の中途肢体障害者研究を中心に— 京都大学大学院教育学研究科紀要,48,342-352.
●竹中星郎 2000 中高年の喪失体験をみつめる 高齢者の孤独と豊かさ NHKブックス63-82.
〜 省略 〜
解 説
〜 ポイントをチェック 〜
学術論文は「問題→目的→方法→結果→考察」と構成するのが一般的だ。研究計画書もこれに沿って構成するが、研究前なので「結果」「考察」は結果の推測について簡単に触れる程度。特に比重を大きくしたいのが「問題」で、全体の7割程度を占めるくらいでもOK。「目的」は問題を受けて研究すべきポイントをまとめればいいので、残る3割が「方法」の記述になる。この割合を大まかな目安にすると書き進めやすいはずだ。
内容に関しては、「砂時計」のイメージしよう。問題提起は社会的な大きな問題から入り、研究方法については具体的に焦点を絞り、その研究の臨床心理学領域への貢献に関しては再び広く、大きく語る。研究方法の部分が砂時計の「くびれ」の部分に相当するわけだ。ここで、「研究方法については入学後に検討したい」と具体的記述を避けたり、実現可能性の見えない方法が記述されていたりすると、読む側は「どうやって研究するのか」をイメージできないばかりか、心理学の研究に関する理解が浅いと判断する可能性もあるので注意が必要だ。
文章は、一般の人が読んでもわかりやすい平易な表現でまとめるのが基本だが、要所要所で専門用語を用いることも一方で重要。特に心理学部以外の出身者の場合、これが「学部レベルの基礎知識はすでに勉強している」ことのアピールにもなる。タイトルや研究方法の説明など、ポイントになる部分で効果的に使うことを意識しよう。
また、基本的なことだが、学術論文(つまり研究計画書でも)で「私が」という主語の使用は避けるべき。研究経験のない人が臨床心理学領域の問題について論じる場合、つい個人的体験について主語付きで論じてしまいがちなので要注意だ。
第1回:英語(長文全訳)編
第2回:臨床心理士指定大学院・専門科目編
第3回:研究計画書編
第4回:小論文編
第5回:MBAの志望理由書編
第6回:心理学の英語編
第7回:MBAの論述問題編
第8回:国際関係系の専門科目編
第9回:政治学系の専門科目編
第10回:臨床心理士指定大学院の研究計画書編
大学・大学院に関するお役立ち記事一覧