「中学の頃はパティシエになりたかったんです。ケーキを作るのが趣味で、母がケーキ屋さんで働いていたこともあって、“こうしたら?”なんてアドバイスを受けながら、自分でレシピを考えて作っていました」
と、はにかみながら話し始めた吉川愛さん。桂高校の園芸ビジネス科に入学したのも、花や野菜といった植物についてはもちろん、野菜などを使った加工品について学べるため、「パティシエになったときに役に立つかもしれない」と考えてのことだった。
桂高校には普通科、植物クリエイト科、そして園芸ビジネス科があり、TAFF(Training in Agriculture for Future
Farmers)という桂高校独自の育成プログラムが設けられている。吉川さんは研究班の先生にスカウトされ、本来なら2年生から始まるTAFFに1年生から参加。彼女がスカウトされたプログラムは、「京の伝統野菜の種子保存・加工品に関する研究を行う班」(以下、研究班)というものだ。
スカウトされた理由を尋ねると「お菓子作りが得意だから」と吉川さんは笑う。実は京野菜の研究班は、毎年スイーツ甲子園という大会に参加。京野菜を使ったオリジナルスイーツを開発、エントリーしているのだ。
とはいえ、スイーツのことだけ考えていればいいというものではない。そもそもは京野菜を自分たちで育てることが活動のメイン。毎朝、授業前に水やりや除草をし、放課後も野菜の世話や収穫。もちろん、「土日でも登校して世話をするのが基本です」。野菜が実れば校外へリヤカーに載せて売りに行く。売り上げは翌年度の活動費になるので、売るのも自然と真剣になる。
さらに、育て方の違いで収穫にどんな影響が出るかを調べ、野菜に含まれる成分の効果や特徴を研究。京都府立大学と協力し、京菜(水菜)の機能性成分を発見した実績もある。「京野菜は普通の野菜と栄養価が違うんです。実際に調べてみて、ビックリしました」と吉川さんは研究レポートを例に説明してくれた。
吉川さんが驚いたのは、それだけではない。「実はいま、京野菜として販売されている野菜のほとんどが、外国で育てられた種子から作られている」というのだ。栽培や収穫に手間がかかるため、地元・京都では京野菜を栽培する農家は減るいっぽう。かたやそれだけ手間暇をかけて作った野菜の種子は貴重な財産のため、ほとんどが門外不出。府内で1軒の農家でしか育てていない京野菜もある。吉川さんたち研究班は、調べれば調べるほど、「この状況はおかしいのでは?」と思い始めた。
「高齢化や後継ぎ不足で農家さんが引退してしまったら、伝統野菜が途絶えてしまう」
そんな危機感を持った吉川さんと研究班のメンバーは、農家を1軒ずつ回り、種を分けてほしいと説得を始めた。「断られるのが基本」という厳しい交渉だったが、「高校生による研究・保存のため」という目的、そして吉川さんたちの熱意によって、1軒の農家が門を開いてくれた。こうして種を手に入れた桂瓜は、いま桂高校で大切に育てられている。
そんな吉川さんたち、京野菜の研究班が取り組んでいる活動の一つに、子どもたちへの食育活動がある。
「幼稚園や小学校へ行って、私たちが育てた金時にんじんを食べてもらったり、クイズを出したりして、子どもたちに京野菜について知ってもらう活動をしています」
地元・京都に暮らしているとはいえ、京野菜が貴重な存在になったために、なかなか実際に食べる機会が少ない子どもたち。「例えば金時にんじんは名前のとおり、金時いもみたいな甘みが特徴なんですが、それも実際に食べてもらえば実感できるんですよね」
野菜嫌いの子どもでも食べやすいようにと、シフォンケーキやドレッシングなど、自分たちで考えたレシピで試食してもらうこともある。「実際に味わってもらうって大事ですね」と吉川さん。こうした活動の中で、次第に考え方が変わってきたという。
「実は私自身もいまの小学生と同じ。研究班に入って、初めて知ったことばかりでした」と吉川さんは振り返る。例えば京野菜を取り巻く危機的状況、各農家の誇り、高い栄養価や成分、味の特徴など…。「だから京野菜が途絶えないよう、その魅力を子どもたちに伝えていきたい、と考えるようになったんです」
そのため、吉川さんは自分の夢をパティシエから栄養士へと変更。「目標は栄養士の資格。その資格を生かして、学校給食に携わりたいんです。ゆくゆくは京野菜を生かした給食を提供できたらいいなと思っています」
高校入学当初に抱いていた夢と、いま吉川さんが抱く夢は違うけれど、それは毎日、ほぼ休みなく汗と泥にまみれ、ひたすら京野菜に向き合ってきたからこその決断。もしまだ自分の進路が見えてなくても、何かに真剣に取り組み続けていれば、その先に自然と進路が見えてくるのかもしれない。吉川さんのまぶしい笑顔に、自分がやってきたことへの自信と決意の強さを感じることができた。
以前の私は失敗することが怖くて、何かを前にしてためらってしまう部分がありました。でも、いまは挑戦することが大事だと思います。興味があること、好きなことは、まずやってみること。そこからきっと何かが始まります。
例えば京野菜でスイーツを開発するときも、企業やお店の人に自分の意見を伝えなければ、作りたいものはできないんですね。まず、周囲の人たちとの交流を大切にすることが、いい結果につながっていくんだと思います。
「パティシエになったら、仕事はどんな感じ?」「栄養士の資格を取ったら?」と先のことをイメージすると、自分が本当にやりたい仕事、なりたい職業が見えてきます。できるだけ視野を広くして、いろんな可能性を考えるのがいいかも。
「おもしろいかも」「やってみたいな」と思ったら、すぐに情報を集める姿勢は必要だと思います。インターネットで検索するのもいいし、大学などに資料請求するのでもいい。即行動すれば、集まった情報から取捨選択ができますから。
自分のやること、やりたいことをこまめにメモして、To Doリストを作っています。こうすることで「あ、やってみたい」「おもしろそう」と思ったことを、忘れずに行動に移すことができますよ。
京都府立桂高等学校3年
吉川 愛さん
園芸ビジネス科に在籍し、華道部と茶道部に所属。さらに「京の伝統野菜の種子保存・加工品に関する研究を行う班」のメンバーとして、京野菜の栽培や研究に取り組んでいる。趣味はお菓子作り。
構成/平林朋子 取材・文/夏井坂聡子
撮影/中島光行 デザイン/マイティ・マイティ