幼いころ電車を眺めるのが好きだった。 母と一緒によく見に行ったお気に入りの場所。 1時間近くじっと動かなかった。 毎日のように行くから、 駅員さんにも顔を覚えられるほど。 動く電車を目で追いかけ、 静かに観察する時間が楽しかった。
それから中高生になると、 高層ビルを見上げることが増えた。 そびえ立つ姿、形、デザイン性、 すべてが格好良く映った。
だけど、変わらないものがあった。 それは、ばねへの興味。 そして、「人の役に立つこと」への思い。 父が教えてくれたこと。
父の仕事は、ばね作りに携わる設計。 自宅の1階部分が仕事場だから、 小さい頃から父が働く姿を ずっと間近で見てきた。 黙々と図面を描く父の背中が いつも格好良かった。
物心ついた時にはもう憧れていたと思う。 ボールペンから電車まで、 様々なものを支えるばね。
そんな僕がばねと同じくらい大事にしていること。 それは、「人の役に立つことをしなさい」 という父の言葉。どんな時も考える。 これは人の役に立つ行動かな。 僕が生きる上で欠かせない指標である。 きっと、これからも。
尊敬する父に追いつき、 追い越すために。 地元・博多から関東へ。
関東学院大学を選んだのは、 理工学部を卒業して、社会で活躍している 数多くの先輩がいるからだ。 また、1年生からものづくりを 学べる環境だったのも大きい。
最初に実習で作ったのが、 習字などで使われる文鎮(ぶんちん)。 先生から「ここを直したら良くなるよ」と アドバイスをもらい、修正する。 すると、段々と綺麗に整い、 完成形へと近づいていく。
やっぱりものづくりって楽しい。 どんどん、のめり込んでいった。
4年生になって始まった研究。 僕は辻森先生のもと、 ループヒートパイプの研究に明け暮れている。 簡単に言うと、太陽光を活用して、 人工衛星などで使われる冷却機能を、 エンジンが停止した車でも活用することが目標。 そうすることで、万が一、 子どもが車の中に 閉じ込められた場合でも命を救うことができる。
このテーマを選んだのも「人の役に立てるかどうか」。 自分の研究で救える命があるなら、挑戦したいと思った。 実験自体はまだまだ失敗続き。 だけど、研究室のみんなと試行錯誤しながら、 子どもたちのために、決して諦めない。
環境保護や省エネルギーの視点を学べる研究室。学生たちは日々、濃度制御吸収サイクルや高信頼性冷却方法などについて研究している。
関東に進学した僕が、1年に一度、 九州男児に戻るときがある。 それが、毎年7月1日から15日まで開催される「博多祇園山笠」。 1歳のときから父と参加している地元のお祭り。 いわば「宿命の行事」だ。
「オイサ!オイサ!」の声が博多の街に響き渡る。 「今年も熱い季節がやってきた」。 7月が近づくと心が自然とざわつく。 博多祇園山笠は7つの流(地区)に分かれて、 それぞれの山を舁き手(メンバー)で担ぎ、タイムを競う。 醍醐味は大迫力な疾走シーン。
この祭りがないと、 僕の夏は始まらないし、終わらない。
祭りのにぎわい、雰囲気も楽しいけれど、 久々に山笠の仲間に会える楽しい時間。 老若男女問わず集まり、 先輩方もたくさん参加される。 「これまでの人生について」、「今後の悩み」など、 いろんなことを聞きたくなるし、相談したくなる。 同級生じゃないからできる話や、 もらえる視点、刺激があって勉強になる。
今はまだ、学生ということもあり、 山の後ろで支える後押しが僕の役目。 だけど、社会人になれば役割も変わってくるだろう。 いつもサポートしてくれる先輩方のように、 博多祇園山笠を引っ張っていく存在に なれたらと思っている。
将来の夢はばねの設計者になり、 父と同じ業界で、 今から培う感性と知識で活躍したい。 それを一途に考えて 大学生活を過ごしてきた。
大学に入って、同じ設計を学ぶからこそ 気づく父の凄さがたくさんあった。 どんな設計に関する質問をしても、 すぐに答えてくれるし、知識の量も半端ない。 「叶わない」と実感した。
そんな父に追いつくために、 社会で経験を自ら進んで積めればと思う。 そして最終的には、 ばねの可能性をもっと広げられる人材になりたい。
今回の撮影地
仁治2(1241)年を起源とする祭りで、「国指定重要無形民俗文化財」や「ユネスコ無形文化遺産」にも指定。約7つの流が自慢の山を担ぎ、タイムを競い合う姿は圧巻。夏の風物詩として、博多の街を熱く盛り上げる。