シンプルで、使いやすくて、楽しい気分になる。そんな陶器をつくっています。完成させすぎないことも大事にしていて、たとえば動物たちの絵柄には目は描かないでおくんです。どんな空間や盛りつけにもなじむ器であってほしいから、どこか余白を残しておきたくて。ろくろで形を作って、粘土をかぶせ化粧土をかける。絵柄の部分を削って、地の土の色を出す。素焼きして、釉薬をかけて本焼きする。一つ一つの工程をどれほど注意深く行っても、窯の中でどんなふうに焼きあがるかまではコントロールできません。蓋を開けてガッカリすることもあるし、予想とは違うけどこれも素敵だなとなるときもあって、そういう不確かさや偶然性も面白いと感じます。
大学で陶芸を始めたときは、それが将来の仕事になるとは思ってもみませんでした。もちろん興味があるから陶芸部に入ったのですが、初めはただ「楽しそう」という思いだけ。ところが始めてみるとすぐに夢中になってしまって、教室より部室にいる時間のほうが長くなり…。ガス窯やろくろに囲まれ泊まりこみで作業をし、部のみんながものづくりを愛して楽しんでいる空間がすごく心地よかった。部ではギャラリーを借りて展示もしましたし、僕個人でも自分のHPをつくって器を紹介するようになり、大学3年の終わり頃から「店で取り扱いたい」と声をかけていただけるようになったんです。そのとき初めて、陶芸で生きていけるかもと可能性を感じました。
卒業後はウェブデザインの会社に就職し、デザイナーとして働きながら陶芸を続けました。週末がくると大学に通って陶芸、自分で窯を買ってからは会社が終わると陶芸、2~3時間眠ったら会社という日々でしたね。そのうち注文がどんどん増えてきて、工房兼お店を開いたのが約5年前です。計画してそうなったというよりは、「楽しい」に沿って進んだら今にたどり着いた気がします。すべてをひとりで請け負う大変さや厳しさはありますが、心ゆくまで制作に没頭できる毎日はやっぱり楽しい。そんな空気が作品を通して伝わればいいなと思います。好きだから、つくりたいから、つくる。その思いは大学の頃となんら変わっていないんですよ。
うつわの工房とくらしの雑貨店「苔色工房」陶芸家/文学部日本文学科(現 文学部文学科日本文学専修)/2008年卒/趣味で陶芸を続けていた父親の影響もあって、立教大学入学後、本格的に陶芸をスタート。長い歴史を有し、プロ陶芸家も輩出している陶芸部に入部し、伝統的なものから実験的な試みまでさまざまな作品を制作した。そのときの活動はもちろんのこと、「立教の日本文学の科目は本当に幅広くて、源氏物語絵巻をはじめ、文学作品にとどまらない伝統や芸術にふれた経験も、ものづくりの幅を広げてくれました」。『苔色工房』の名前の由来は「苔が好きで、大学時代は苔盆栽をつくっていたのでそこからとっています」。