大鏡「花山院の出家」の現代語訳をスタサプ講師がわかりやすく解説!<前編>
古文には、その時代のさまざまな常識が描かれている。古文常識を知っていると、話の背景や登場人物の言動が理解しやすくなり、スムーズに内容を読み取ることができる。
そこで今回は、スタディサプリの古文・漢文講師 岡本梨奈先生に、『大鏡』の中から『花山院の出家』の解説を通して、出家にかんする古文常識も教えてもらった。
岡本梨奈先生
古文・漢文講師
スタディサプリの古文・漢文すべての講座を担当。
自身が受験時代に、それまで苦手だった古文を克服して一番の得点源の科目に変えられたからこそ伝えられる「わかりやすい解説」で、全国から感動・感謝の声が続出。
著書に『岡本梨奈の1冊読むだけで古文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』『岡本梨奈の1冊読むだけで漢文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』『古文ポラリス[1基礎レベル][2標準レベル]』(以上、KADOKAWA)、『古文単語キャラ図鑑』(新星出版社)などがある。
目次
1分でわかる! 大鏡『花山院の出家』のあらすじ
『大鏡』は、平安時代後期に成立した歴史物語で、作者は不詳です。
『花山院の出家』は、17歳で即位した花山天皇が、わずか2年で出家してしまったときの話。
夜こっそりと出家するために寺へ出かけようとして、月が明るくて気が引けたり、寵愛していた亡き女御の手紙を取りに戻ったり、ためらっている花山天皇を、側近の粟田殿(藤原道兼)が、せかして寺へ連れて行きました。
続きは後半へ
大鏡『花山院の出家』の登場人物と関係
●花山天皇(かざんてんのう)…冷泉天皇の第一皇子。
17歳で即位しましたが、その翌年、寵愛していた弘徽殿の女御(藤原忯子)が懐妊中に亡くなってしまいます。
深く悲しんでいるときに、側近の藤原道兼に誘われて、19歳で出家してしまい、花山院となりました。
●粟田殿(あわたどの)…藤原道兼。東三条殿(藤原兼家)の三男。蔵人として、花山天皇に仕えていました。
兼家の指示で、花山天皇を出家させてしまいました。
●晴明(せいめい)…安倍晴明。陰陽師・天文博士。※話の後半に出てきます。
●東三条殿(ひがしさんじょうどの)…藤原兼家。粟田殿(藤原道兼)の父。※話の後半に出てきます。
自分の娘・詮子の子である春宮(円融天皇の第一皇子・懐仁親王、のちの一条天皇)を即位させようと企んでいました。
大鏡『花山院の出家』の現代語訳を読んでみよう。
(花山天皇は)永観二年八月二十八日、ご即位なさった。御年十七歳(の時でいらっしゃいました)。
寛和二年丙戌六月二十二日の夜、驚きあきれましたことは、人にも知らせなさらないで、ひそかに花山寺においでになって、ご出家入道なさった(ことです)。(この時)御年十九歳。
世を治めなさること二年。出家後は二十二年間ご存命でいらっしゃった。
しみじみと心が痛む思いがすることは、ご退位なされた夜、藤壺の上の御局の小戸からお出ましになられたところ、有明の月がたいそう明るかったので、
「そうかといって、とりやめなさる訳にはまいりますまい。神璽と宝剣が(既に東宮の御方に)お渡りになってしまったからには。」と、粟田殿がせき立てて申し上げなさったのは、
まだ天皇がお出ましになられる前に、(粟田殿が)自ら(神璽と宝剣を)取って、東宮の御方にお渡し申し上げなさっていたので、(天皇が宮中へ)お帰りなさるような事はあってはならないとお思いになって、そのように申し上げなさったということだ。
明るい月の光を、気が引けるとお思いになっているうちに、月の表に群雲がかかって、わずかに暗くなっていったので、
「私の出家は成就するのだなあ。」と(天皇が)おっしゃって、歩き出しなさると、
(亡くなった)弘徽殿(こきでん)の女御のお手紙で、平素破り捨てずに残して御身から離さず御覧になっていたお手紙を思い出しなさって、
「しばらく(待て)。」と言って、取りにお戻りになった時の事だよ、
粟田殿が、「どうしてこのように(未練がましく)お考えになられるのか。今が過ぎたならば、自然と差し障りも出てまいりましょう」と、うそ泣きをなさったのは。
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あさましとは?
「あさまし」とは、「驚きあきれる」という意味の重要単語です。「驚きあきれる」と訳しますが、気をつけたいのは、マイナスのイメージだけでなく、プラスマイナス両方の意味があることです。
例えば「すばらしすぎて驚きあきれる」という場合にも使います。
もちろん「驚きあきれるくらいひどい」ときも「あさまし」と言います。
その他に、「嘆かわしい・情けない」「ひどい」というマイナスの意味もありますが、まずは「驚きあきれる」をおさえておきましょう。
「人には知らせさせ給はで」の品詞分解 とは?
「知らせ」の「せ」は、「知る」という動詞のア段「知ら」の後ろに付いているので、助動詞の「す」です。「させ」は助動詞の「さす」、「給は」は尊敬語の補助動詞です。「人に」とあるので、「す」は使役の助動詞で、「人に知らせる」と訳します。
そうなると、「す」と「さす」で使役の助動詞が2つ重なるのはおかしいので、「さす」は尊敬語の助動詞になり、「給は」と合わせて二重尊敬です。
地の文で二重尊敬を使うのは、とても位の高い人。
ここでは花山天皇しかいないので、この文の主語は花山天皇だとわかります。
「給はで」の「で」は重要ポイント。
未然形(給は)に付く「で」は打ち消しの接続助詞(~ないで)です。
よって、この一文は「(花山天皇は)人に知らせることもなさらないで」と訳します。
みそかにとは?
「みそかに」とは、「みそかなり」という形容動詞のナリ活用・連用形で「こっそり」という意味です。【密かなり】と漢字で覚えておくと意味がわかりやすく、秘密の密なので「こっそり」と訳します。
話し手を知るには?
登場人物が敬語で区別できる場合、セリフが出てきて、誰が話しているのか考えるときは、「 」の後ろの敬語をチェックしましょう。例えば「顕証にこそありけれ。いかがすべからむ。」では、後ろに「仰せられ」とありますね。
「仰せられ」という敬語の種類を見ます。
「仰せ」は尊敬語、「られ」は尊敬の助動詞で、二重尊敬になるため、この場合、話しているのは花山天皇だとわかります。
春宮とは?
「春宮」は「東宮」と書かれていることも多く、どちらも「とうぐう」と読みます。「春宮(=東宮)」とは、皇太子のこと。
ここでは、円融天皇の第一皇子・懐仁親王のことで、藤原兼家(粟田殿の父)の孫にあたります。
影とは?
「影・景」は「光」という意味をもつ重要単語です。現代語では、太陽などの光が物や人にさえぎられてできる暗い部分のほうを「影」と言いますが、古文では正反対の「光」の意味も持っています。
「光」があるから「影」ができる、と覚えておくといいでしょう。
他には、人影から「姿」という意味もあります。
まばゆくとは?
「まばゆし」という形容詞は「はずかしい」という意味をもつ重要単語です。漢字で書くと【眩し・目映ゆし】となるので、①まぶしい、という意味はイメージしやすいでしょう。
その他に、②光り輝くほど美しい ③恥ずかしい ④目をそむけたいほど程度がひどい という意味もあります。
キラキラしてまぶしいプラスのイメージと、マイナスイメージで見たくない、という両方の意味があるので、注意しましょう。
御文の…「の」とは?
「御文の」の「の」は何ですか? といった問題が大学入試でよく出題されるので、要チェック。格助詞の「の」を問われたら、同格から考えるのがコツです。
その後ろの文を見ていくと、「御覧じける」の「ける」という連体形があって、その「ける」の後ろに「の」の前の名詞「御文」を入れてみると意味が通ることから、「の」は同格の「で」だとわかります。
日ごろとは?
「ひごろ」【日頃】とは、「平素・数日」という意味です。「つきごろ」【月頃】・「としごろ」【年頃】とセットで覚えておきましょう。
「頃」を「数」に変えて入れ替える。
つまり、「数日」「数カ月」「数年」と訳します。
一番よく問題に出されるのは「としごろ」で、現代語は、お年頃、適齢期という意味になりますが、古文では「数年・長年」の意味なので、しっかり覚えておきましょう。
現代語で「ひごろ」というと、平素から、いつも、という意味で使いますが、古文では「数日」という意味のほうが多く、試験問題に出てきたら「数日」という意味から考えるとよいでしょう。
ただし、ここでは、手紙をくれた女御は前年に亡くなっていて、「数日」だとおかしいので、現代語と同じ「平素」の意味です。
おのづからとは?
「おのづから」は、「①自然と ②たまたま・偶然 ③ひょっとして」という意味があります。ただし、【自ら】と漢字で出てきたら、「みずから」と読んで「自分から・自分自身で」という意味になる場合もあるので、気をつけましょう。
障りとは?
漢字からイメージするとわかりやすく、「差し障り・支障」という意味をもつ重要単語です。
「出家」って何?
「出家」とは、世俗の生活を捨てて、仏門に入る(お坊さんになる、尼さんになる)こと。
世俗とは、今、私たちが普通に生活しているところで、「俗世間」とも言います。
現代と大きく異なるのは、お坊さんや尼さんになるために、今の生活をすべて捨てなくてはならないことです。
地位・名誉・財産・人間関係など、すべて捨てるため、高い身分や財産を放棄したり、親との縁を切ったり、子どもを捨てたり、恋人にも二度と会えなくなります。
古文では、出家の話がよく出てくるため、「出家する」という意味を表す語がたくさんあります。代表的な語は、次の3つのグループに分けると覚えやすいですよ。
・世をいづ【出づ】
・世をいとふ【厭ふ】
・世をかる【離る】(「はなる」とも)
・世をすつ【捨つ】
・世をそむく【背く】
・世をのがる【遁る】
・さまをかふ【様を変ふ】
・かたちをかふ【形を変ふ】
・かしらおろす【頭下ろす】…「頭髪を剃る=剃髪する」の意味から「出家する」ということ。
・みぐしおろす【御髪下ろす】…「みぐし」は髪の敬称。同じく「剃髪する」=「出家する」。女性の場合は幼少期の肩につかないくらいの長さに髪を切ります。
・やつす【窶す】…「みすぼらしく姿を変える」の意味から「出家する」ということ。ただし、出家ではなく「みすぼらしく、目立たないように姿を変える」というそのままの意味で使用する場合もあるので要注意。
・まことのみちにいる【真の道に入る】
・ほっしんす【発心す】
そのようすは、<後編>で読んでいきましょう。
取材・文/やまだ みちこ 黒川 安弥(2023年5月一部追記) 監修/岡本 梨奈 イラスト/カワモト トモカ 構成/黒川 安弥
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