世界人口が100億人に
なったとき、皆が幸福を
感じられる社会は
実現できる?
応用生物学の視点
食材のムダをなくし
おいしさを長く
保ちながら、同時に
新たな可能性も探る。
応用生物学部
関 洋子 講師
研究フィールドは食品科学、食品加工学、食品の品質。公益財団法人塩事業センターに就職後、大学院での研究を経て、本学に着任。食品加工を通じたフードロスの削減や機能性の向上を研究。
関先生の研究室の様子
issueの着眼点
食品の消費期限をもっと長く。
その研究は世界的課題と
リンクする。
私は食品の加工や保存を通して、シェルフライフ(品質保持期限)の延長や加工によって食品の機能性を高める研究をしています。そうした分野に目を向けたのは、学生時代に魚の鮮度に関する研究をしていて、食品の加工や保存という分野ではまだまだ未知の部分が多く、可能性が広がっていると感じたからです。
そして、大学着任後の研究において対象を魚以外の食品にも広げたことで、世界的な課題であるフードロスの削減との関連にも着目するようになりました。食品の品質保持延長や加工による機能性の向上はもちろん、これまで食品として考えられていなかった“廃棄されていたモノ”も食品として生まれ変わらせる。そうした領域まで研究の範囲は広がっています。
継続的に行ってきた研究の結果、「おいしさ」「品質の向上や期限延長」「新たな食品の開発」に着目した研究の成果は、世界的な課題である食料問題に大きく貢献できると確信するようになり、今では私の研究の柱になっています。
大豆から有効成分を抽出している学生
課題の設定
データの絶対数が
まだまだ足りない。
劣化のメカニズムの解明は道半ば。
食品というものは本質的に、必ず劣化していきます。ところが品質が劣化するメカニズムは、食品ごとに、さらには保存条件によってそれぞれ異なります。非常に奥が深く幅が広いので、まだまだデータが足りないというのが現状です。
私の研究室では、学生が思い思いのテーマで、さまざまな食品が劣化するメカニズムを解き明かし、期限延長の方法を探る取り組みを行っています。少しずつ着実に基礎データを蓄積し、それをしっかり評価することで、課題の解決につなげていきたいと思っています。
ただ食品の鮮度が落ちていくことが必ずしも悪いことばかりだとは限りません。たとえば魚は、とれたてが一番おいしいわけではなく、死んで数時間経過しないとうまみ成分が生成されません。ここに私たちのもうひとつのテーマがあります。食品はどのような状態で長期保存されることが望ましいのか。つまり食の安全性だけでなく、おいしさという観点も見落としてはいけないのです。
身近な食材が研究題材に
解決策
実験し、経過を観察。
メカニズムを探る。
その過程で意外な成果が
得られることも。
私たちが口にする食事の多くは、そのままの食材ではなく、何らかの加工が加えられています。人間は長い歴史の中で、食材をおいしくしたり、長く保存したりするために、さまざまな工夫をしてきました。私たちの研究は、そうした工夫を科学的に解明し、そのメカニズムを活用して、より効果的な方法を探るものでもあります。
ところが食材の期限延長の実験を行い、経過観察を続けていると、目的とは別の、その食材固有の特徴が見えてくることがあります。たとえば抗酸化に優れた酵素を含んでいるとか、脂肪の吸収を抑える、あるいは糖の吸収を抑えるとか。
そういう特徴を活かしてやれば、食品の機能性を高めたり、化粧品や健康食品に応用できたり、その食材の新たな、別の活用法が見い出せることがあります。もちろん期限延長の解決策を探るのが本来の目的ですが、そこから多くの副産物が派生してくる。むしろそちらが目的に変わっていく。そんな多様性を秘めているのも、この研究の面白いところです。
予想外の発見があるのも研究の醍醐味
期待できる効果
まずは食糧危機の回避へ。
さらには社会を幸福にする
多様な可能性も秘めている。
人口が急速に増加している世界において、食糧危機の回避は非常に重要な課題です。食品の期限延長は、そうした課題に大きく関わるフードロスを削減させるために期待されている技術なのです。
さらに食材の機能性を向上させることは、より安全で快適な食生活の実現につながっていきます。食材のおいしさを探る研究から、従来は食べられなかったもの、あまり好まれなかった食材をおいしく食べる技術が見つかるかも知れません。
さらに食品としてだけでなく、食材の特徴を知ることで、化粧品や健康食品をはじめ、さまざまな分野で新たに活用できる可能性も広がっていくでしょう。そのとき社会は、今よりももっと幸福になっているはずです。
応用生物学を
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応用化学の視点
プラスチックにかわる
脱炭素素材を開発し、
環境問題にひとつの
革新的な解答を出す。
工学部応用化学科
山下 俊 教授
東京大学先端科学技術研究センター、東京大学大学院工学研究科、マサチューセッツ工科大学、東京理科大学などを経て、2014年本学工学部応用化学科に着任。環境にやさしい材料の研究に取り組む。
石油を使わない新素材リグニン
issueの着眼点
まったなしの地球温暖化防止に
貢献する「素材」を化学の力で。
地球温暖化を食い止めるため、2050年の温室効果ガス排出ゼロという目標に、今世界中が必死に取り組んでいますね。2015年にSDGsが発表されて、サステイナブルという言葉や環境問題がより意識されましたが、実は本学はそれに先駆けて2014年、サステイナブル工学を実践する工学部を設置し、環境にやさしい化学に取り組みはじめました。
CO2削減・脱炭素と聞いて最初に思いつくのは再生可能エネルギー。現在国を挙げて太陽光発電、水素エネルギー、風力発電など、化石燃料にかわるエネルギーの開発を進めており、2050年には再生可能エネルギーで国内のエネルギーのほぼ100%を補う計画です。ところが、我々の生活に欠かせない材料のうち、金属はリサイクルによって賄えますが、プラスチックなどの有機材料はその代替となる素材が現在までに全くありません。プラスチックは石油を原料として合成されるため、燃焼させると莫大な量の温室効果ガスを排出し、また、環境に排出されるとマイクロプラスチックとなって深刻な環境問題を起こしています。そこで、石油に代わる原料から有機材料を私たちの手でつくれないか、と考えたのです。
TUTは学内に先端リグニン材料研究センターを設立
課題の設定
たどり着いた唯一の資源「木」から
新たな素材をつくれるか?
日本国内で年間500万トン以上ものプラスチックなどの樹脂製品が使われています。我々の生活は、衣類、包装材料、建築、モビリティーなどにおいて樹脂材料なしでは成り立ちません。近年、バイオプラスチックなどの石油代替材料の研究も進められていますが、それらはせいぜい年間数万トン程度しか生産することはできず、工業規模で完全に石油代替を実現できる新しい資源がないという深刻な危機に我々は直面しているのです。
都心では周りを見渡しても高層ビルしか目にはいらないかもしれませんが、そのほかの日本の各地では周りを見渡してみると必ず目にはいるのは、森や林などの樹木です。日本は世界有数の森林大国で、国土の約2/3が森林です。樹木は50年かけて成長した後伐採され、木材として利用されたのち、新しく苗が植えられさらに50年かけて成長します。木を成長させるためには定期的に間伐を行い、森林を維持管理することが必要です。間伐によって廃棄される木や、伐採して製材する際に排出される木くずだけでも年間約5,000万トンもあり、これを利用してプラスチックができれば、国内での樹脂製造に有り余る資源となります。
「木」は国内に潤沢に存在する貴重な「資源」ではないでしょうか。木からとれる材料としてセルロースが良く知られています。樹木中には約40%のセルロースがあり、製紙に利用されています。一方、樹木中には約30%程度「リグニン」という成分が含まれていますが、これは製紙の際に不要物として廃棄されたり燃焼されたりしています。リグニンの分子構造を調べてみるとリグニンは芳香族から構成されています。即ち、石油からつくられるスーパーエンプラと呼ばれる高機能樹脂の構造とよく似ているんですね。樹木中のリグニンからプラスチックをつくる技術を開発すれば、環境問題を解決すると同時に、日本各地の林業の活性化を通して地方創生にも寄与し、大きな産業となります。また、我々日本は石油産油国にかわり、新たな資源大国として経済的発展を遂げることもできると期待されます。
リグニンの実用化がこれからの課題
解決策
リグニンを樹脂化する技術を確立。
産業界などと連携し、
実用を目指す。
本学では木くずから抽出されたリグニンを樹脂化し、優れた耐熱性や機械強度を有する材料を合成する研究を行っています。しかし、原料はあくまで木くず、これを重合する技術が難しいわけです。本学は、森林総合研究所、産業技術総合研究所、および民間企業と共に国家プロジェクトに参画し、技術開発を行ってきました。リグニンから合成される樹脂は、自動車用部品やスポーツ用品、家具など様々な用途への実用化が進められています。本年4月に、本学には先端リグニン材料研究センターが発足しました。これまで国内外に樹木中のリグニンの構造を分析するなどの研究者はいましたが、リグニンから材料を開発するという目的を担った研究組織はありませんでした。本学の先端リグニン材料研究センターは世界初、世界唯一のリグニン材料の研究開発拠点として、国内外の研究者が集い情報共有を行い、材料開発を行っていきます。
目指すはサステイナブル工学
期待できる効果
環境負荷の軽減はもちろん、
新たな産業創出や
地方創生にも貢献。
リグニンから様々な材料を合成していく過程で、興味深い発見がいくつもありました。リグニンを原料として樹脂をつくる目的は当初は脱炭素化のために石油に依存しないものづくりのためだったのですが、リグニンを樹脂化してみると、従来の石油由来樹脂よりも優れた性質を持つことが分かりました。たとえば、リグニンは接着性に優れるため、繊維強化プラスチック(FRP)の性能を向上させることができます。FRPはスキーやサーフボードなどのスポーツ用品、浴槽、船舶のボディーなど軽量かつ高強度材料として広く使われている材料です。
また、リグニンには優れた抗酸化性があることを見出しました。リグニンの抗酸化性を活用すればリグニン系樹脂の安定性を向上させることができます。また、リグニンで盃をつくれば、お酒を入れても酸化せず良い味わいを長く楽しめるかもしれないと楽しみにしています。現在は、リグニンから化粧品や医薬品などの開発も進めています。リグニンは有機材料の脱炭素を実現できる唯一の材料としての役割も重要ですが、こういう新たな性質が見えてきたことで、新製品に新たな付加価値が生まれる可能性もあります。
リグニンから材料をつくる研究は、試行錯誤と多くの失敗を乗り越えながら進めてきました。しかし、その失敗の一つひとつが未知への挑戦であり、100年に一度といわれる時代の大きなパラダイムシフトを実現できると考えると、この研究は大変に夢に満ちた仕事です。この研究に参加している学生もその夢を実現するために生き生きと研究を進めています。私たちの研究が、本学の掲げるサステイナブル工学の進歩と豊かな未来社会の実現に貢献できればこの上もない喜びであると考えています。
工学を
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コンピュータサイエンスの視点
テクノロジーの進歩を
情報セキュリティが
追いかける。
最大の脅威は
AIではなく人間。
コンピュータサイエンス学部
宇田 隆哉 准教授
2002年東京工科大学片柳研究所での助手を皮切りに、慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了、2003年東京工科大学コンピュータサイエンス学部講師を経て、現在に至る。専門分野はネットワークセキュリティ。
issueの着眼点
先進技術の実用化による
便利な社会。
でも、そこに潜むリスクが
理解されない。
2002年に東京工科大学の片柳研究所で助手として研究者の道へと進んだ私は、20年以上コンピュータサイエンスにおけるさまざまな可能性を探ってきました。今でこそ当たり前となった電子チケットの普及にも力を注ぎましたが、20年前はまだその有用性が理解されず…という苦い経験も味わいました。
そんな時代から今日までのテクノロジーの進歩は目覚ましく、世の中はネットワーク社会へと大きく変貌。そして、数年前まで多くの人が想像もしえなかった、人工知能が身近な時代となりました。私の研究でも人工知能を活用した分類や検出が中心となっていて、これまでの技術では成し得ない成果を出せるようになりました。
ただ、以前よりも便利な社会となった一方で、その影に潜む「情報セキュリティ」の問題にますます着目する必要がある状況となっていることも事実です。革新的なシステムの多くは、その機能にフォーカスしがちで、悪意を持つ者からの攻撃を想定していない傾向にあります。「すべての利用者に性善説は通用しないこと」の危険性を丁寧にお伝えしても、なかなか理解してもらえない。そんな現状にもどかしさを感じています。
課題の設定
人が生み出す「未知の攻撃」は
人工知能の上を行く。
今、最先端のテクノロジーとして注目され、実用化が進んでいる人工知能。例えば生成AIで作られた動画や画像などは、その真贋が判別できないと言われるほどの精度になっています。それくらい人工知能の分野は急速に進歩しています。
そんなに優秀なら「情報セキュリティも人工知能に任せれば?」という意見があるかもしれませんが、人工知能も万能ではありません。例えば攻撃検知について考えてみます。人工知能が学べるのは既知の攻撃だけですので、性質が似ている未知の攻撃は見分けられます。ですが、人間は想定を超えて考えることができ、その人工知能にとって性質が似ていない未知の攻撃も作れるのです。
優秀な攻撃者は、人工知能がどのように対象物を分類するか理解していて、分類がうまくいかなくなる方法を探します。つまり、人工知能を使った情報セキュリティに対しては、人間の想像力こそが一番の脅威なのです。
学生による、生成AIを使ったWebサイトおよびWebシステム作成
解決策
脅威を事前に想定する。
そのために、専門知識を
備えた人材の育成が重要。
どんなに強固な情報セキュリティを構築しても100%安全というものではありません。ですが、情報セキュリティに関する専門的な知識を学んでいれば、より攻撃されにくくすることはできますし、攻撃されても慌てずに対応できます。「攻撃を防ぐ」ではなく、「どのような攻撃が考えられるか」。私はそうした視点で今後の情報セキュリティを研究していきたいと考えています。
今後ますます人口が増加し、世界人口が100億人に達すると、現在の1.25倍となります。普通に考えれば、悪意のある攻撃者も1.25倍増え、1.25倍の被害が出るはずです。それは決して皆が幸福を感じられる社会ではありません。そうした状況を生み出さないために、情報セキュリティの専門的な知識を学び、多くの人の財産や社会の仕組みを脅かす攻撃に対処できる人材を今から増やしていくことも重要な取り組みのひとつです。
学生が自分たちで作成したWebサイトに対してハッキングを行うデモ
期待できる効果
世界規模の影響力だからこそ、
今後その活躍の場も広がっていく。
その価値が理解されにくいという部分や、新しく何かを創り出す開発などに比べて地味な印象に映りがちな情報セキュリティですが、今やIT分野で仕事に携わるなら絶対に欠かせない技術です。そしてその技術や研究は、一夜にして世界の常識を覆すことすら可能なのです。実際、日本の情報セキュリティ分野における第一人者である先生の発表で、従来の情報セキュリティの常識が覆り、世界中が青ざめたなんてこともありました。それだけ影響力が大きい技術ということなのです。
うれしいことに最近の若い人たちと話をすると情報セキュリティに興味がある、学びたいという意欲のある人も多くて、この先も希望があるなと感じています。本学で学び、社会に出た卒業生の中にも情報セキュリティのスペシャリストとしてコンサルティング会社で活躍したり、日本政府のエンジニアとして南極の通信設備を守る担当に選ばれたりなど活躍の場を広げている人もいます。今後どれだけ世界の人口が増えても、テクノロジーが進化しても、情報セキュリティの技術で社会の秩序を守れる人材が日本から生まれることを期待したいですね。もちろん、私もそのひとりでありたいと思っています。
コンピュータサイエンスを
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