現役大学生として初!高校生向け教科書発行の快挙!
2011年度、史上初めて、現役の大学生が個人として1冊の教科書を教科書検定に通した。
その人は当時、大阪市立大学4年生だった山下明さん。主に工業高校で使われる「電気基礎」の教科書を発行した。
山下さんはどんな高校生だったのだろうか。教科書を作ろうと思ったきっかけは何か、やり遂げた秘訣はどこにあるのか。話を聞いた。
「小学生のころからラジオを手作りしたりして、ゼロから何かを作るのが好きでした。周囲からは個性的と言われ続けていました。要するに変わり者ってことですね」
しだいに電気の魅力に取りつかれた山下さん。「電気という見えないものをあやつる技術は魔術よりすごいと思いました。電気を専門に学びたいと思い、工業高校へ進学しました」
高校では無線・電気技術研究部に所属。相変わらず電気が大好きで、無線機などを作っていた。卒業後は就職して働くつもりだったが、部活の顧問の先生がとても好きになり、あこがれを抱く。
「生徒をとても信頼してくれて、親のように温かく接してくれる先生でした。将来はこんな先生になりたいと思い、大学進学を決めました」。
高校時代から微分積分などの数式を印刷用にレイアウトできる「TeX(テフ)」というソフトウエアを使って、同級生向けのテキストを作り、個人的に補講を開いて教えていた。そして「電気基礎」の教科書については、高校時代から「なんかわかりにくいな」と思うことがあった。
大学へ進学して学びを深めるうちに、「こう書いたほうがいいんじゃないか」という構想がどんどんわいてきた。大学生になったとき、「TeXを使って『電気基礎』の教科書を作りたい」と思いついたのは、山下さんにとってみれば自然の流れだったそうだ。
思いつきはしたものの、本当に実現できるのか。そのためにやらなければならないことは何か。段取りを頭の中で具体的にイメージしていった。
大学2年生の4月にいよいよ作業をスタート。まず学習指導要領を読みこみ、検定規則などを調べて頭に入れ、執筆を始めた。やり始めてすぐに「これは大変な作業だな」と思ったという山下さん。大学の勉強やバイトの合間にひたすら原稿作りを進める日々。常に原稿のことが頭から離れなかった。
ひと通り書き終えたら、今度は内容に間違いがないか図書館などで関連図書を調べて確認。申請手続きについてわからないことを文部科学省の担当者に問い合わせたりして、期限までになんとか見本を提出することができた。
1年後、文部科学省から101カ所の修正を求められた。しかも35日以内に修正して再提出しなければならない。何日も寝ないでひたすら作業した。その結果、無事検定を通ったときは、感無量だったそうだ。
なぜそこまでしてやらなければならないのか…。何度もそう思ったという。でもやり抜いた。なぜなのだろうか?
「結局、自分のためではなく誰かのため、という気持ちが原動力になったんだと思います。教科書は使う人のためを思わなければ作れません。使いやすい教科書を作れば、評価してくれる人はいると思っていました。それにいろいろな人に助けてもらったので、その人たちに途中であきらめたということはできないという気持ちもありました。引っ込みがつかないというか…。すでにあるルールの上で、社会の中で自分ができることをしようという思いで頑張り抜きました」
「電気基礎」の授業がある学校を一つ一つ調べ、見本の教科書800冊を送ったとき、大学生が作った教科書だとはいっさい伝えなかった。
「内容を見て選んでほしかったんです。56ある発行社の1つとして同じ土俵で自分の教科書を見てほしかった」
思いが届き、山下さんの教科書は2013年度、北海道旭川工業高校で採択され、高校生たちに使われている。「1校でも自分の作った教科書を選んでくれたことは本当にうれしいですね」と山下さん。
しかし「教科書作りを職業にしたい」という夢は断念した。一人でやって採算がとれるものではないと実感したからだ。その一方、当初からの夢である、高校の先生の採用試験はみごとに合格した。
高校の先生になった今、毎日は充実している。
「個性的と言われ続けた自分でしたが、幸いなことにいつも個性を認めてくれる先生がいました。自分のような人間を、認めてくれる雰囲気もあった。だから日本の学校教育は捨てたもんじゃないと思っています」
そんな山下さんの高校生へのメッセージは?
「今の10代は『悟り世代』と言われているようですが、ものわかりが良く、おとなしい印象があります。もっと好きなことに熱中してほしい。中途半端にならず、何か自分が打ち込めるものにエネルギーをつぎ込んでほしい」という。
「好きな異性に夢中になるのでも、好きな趣味に没頭するのでもいい。他人に迷惑をかけない限りは。まずは熱中できるものを見つけて、そのうえで自分が好きな人やもののために役に立つにはどうすればいいのか考えてほしい。そうしているうちに、社会の中で自分の役割を見いだしてほしいと思います」