「社会的・文化的な性差」を意味するジェンダーは、
「男らしさ」「女らしさ」という言葉でも、よく耳にします。
ただ、皆さんが「男らしさ」「女らしさ」だと思っているものは、
それぞれが育ってきた環境や、
親世代のジェンダー観、家族観から
大きな影響を受けているのではないか――。
そう指摘するのは、経済学部教授の水無田先生です。
ここでは「ジェンダー平等」や「ダイバーシティ(多様性)」について、
水無田先生と一緒に、少し考えてみましょう。
國學院大學 経済学部教授
水無田 気流
詩人・社会学者。1970年神奈川県生まれ。詩人として2006年『音速平和』(思潮社)で中原中也賞、2008年『Z境』(思潮社)で晩翠賞を各受賞。社会学者として新時代の幸福論の考察・分析に取り組む。専攻は文化社会学、家族社会学、ジェンダー論。2016年より現職。
詩人・社会学者。1970年神奈川県生まれ。詩人として2006年『音速平和』(思潮社)で中原中也賞、2008年『Z境』(思潮社)で晩翠賞を各受賞。社会学者として新時代の幸福論の考察・分析に取り組む。専攻は文化社会学、家族社会学、ジェンダー論。2016年より現職。
最初に、ダイバーシティ先進国であるアメリカの例を紹介します。
移民国家・アメリカでは、建国時から多文化共生の方法論が探求されてきました。1960年代には公民権法が成立し、職場における人種、肌の色、宗教、出身地、さらには性別による差別撤廃が導入されました。ただ当初は強制力も弱く、定義もあいまいで、雇用者の多くが雇用慣行を変革しようとはしませんでした。
そこでその後の法改正では、申立に関する調査や和解に留まらず訴訟を起こすことも可能となり、90年代には女性やマイノリティの昇進機会へのハンディキャップを重視した「ガラスの天井法」が追加されるなど、さまざまな法改正がなされてきました。このような過程で、雇用者は、コンプライアンス(法令遵守)重視のマネジメントを徹底するようになってきました。
同時に、組織を強化し、企業間競争を勝ち抜くために、企業経営でも人材の多様性を活かした「ダイバーシティ・マネジメント」が広く浸透していきました。なかでも「ジェンダー平等」は、アメリカをはじめ先進諸国では今日、ダイバーシティの「hub(機軸)」を担う重要な位置づけとされています。なぜならジェンダー平等に関する課題は私たちの誰もが当事者であり、次世代の再生産や働き方・暮らし方にも直結する問題だからです。
ここから、日本における「ダイバーシティ(多様性)」と「ジェンダー平等」について見てみましょう。
50年代から70年代にかけての高度成長期の日本企業では、「多様性」とは正反対の「均質性」が求められてきました。日本の組織が「主流」の成員としたのは、「ケアワークを妻に丸投げして就業できる男性」であり、女性は主に周辺労働を担ってきました。そしてこの点はむしろ、積極的に推奨されてきたともいえます。というのも、かつては職場などの成員は「ホモジニアス(均質的)」であることがよしとされて来たからです。同じような人たちが集まった組織であれば、皆が同じような志向性をもつのでコミュニケーションもとりやすく、効率がよいと評価されてきました。
しかしこれは、過去の一時代に特化した効率性といえます。戦後昭和型組織の均質性を引きずったままの日本では、90年代以降にグローバル化をはじめとする外部環境の大きな変化の波が押し寄せてきた後も企業が変わろうとせず、経済停滞の一要因ともなってきました。
ダイバーシティが浸透した組織の強みの一つに、変化への対応力があります。多様な人たちが協業する場では、均質性の高い場に比べて多様な視角からの意見が見られるため、物事を進めるに当たっても内部での意見調整には時間がかかります。でもこれは、それだけあらかじめ予期される問題を解決し得るということでもあるのです。さらに、現在の世界では消費者ニーズも多様化して来ているため、均質性の高い成員による発想では不足なケースも増えて来ました。
だからこそ日本企業は、現在「ダイバーシティ・マネジメント」を取り入れた組織や働き方へのシフトが急務となっているのです。
ところが、このシフトもなかなか上手く進んでないのが現状です。なぜなら、日本特有の雇用市場にも大きな原因があるからです。
日本では長らく、男性労働者を中心に据えた就労モデルを標準とし、女性労働者の多数派は日本の雇用市場の「主流労働者」とはみなされて来ませんでした。有償労働の場では周辺労働に位置させられる一方で、女性は家事や育児、介護といった無償のケアワークの担い手とされてきました。ところが近年女性の就業率が上昇すると、男女の賃金格差、女性の就労とケアワークの両立の難しさといった、さまざまな問題が噴出するようになりました。こうした状況を反映するかのように、男女格差を示す「ジェンダーギャップ指数」も日本は156か国中120位(2021年)と、とても残念な結果になっています。
私が担当する授業「ジェンダーと経済」では、ジェンダー論の視点から、日本の労働経済や消費社会が直面するさまざまな課題について考えを深めていきます。
たとえば、ジェンダー差が収入や社会的地位など、社会資源の配分に関し不平等をもたらす場合は大いに問題といえます。日本では、年間を通じて給与所得がある男女の平均給与を比べると、概ね女性は男性の半分の水準です。管理職者の割合も低く、国会議員に占める女性割合も参院で2割、衆院で1割と世界平均から比べても極めて低い。意思決定の場に女性がいないため、女性の声が政策などに反映されにくいという問題を抱えています。
他方、男性ジェンダーの問題も指摘できます。日本では、「自殺・孤独死・引きこもり」はいずれも男性が7割を占めます。男性は心身等に問題があっても一人で抱え込みがちで、失職など社会的立場を失うと女性より社会復帰も困難になりやすいことが背景にあります。これらは「男らしさ」という男性ジェンダーの問題も大きいのですが、加えて男性は自身のジェンダーの問題に気づきにくいことも指摘できます。
ジェンダーは、一般に人間にとって日常的で「当たり前」と思い込んでいるケースが多いため、客観的に見ることが難しい、つまり「思い込みによるバイアス(偏見)」が多い事柄でもあります。
この問題に限らず、バイアスをできるだけ脱して新たな気づきを得る上でも、多様な専門家の話を聴く機会に富む学生時代は、その後の人生にとって大いに意味ある4年間になることでしょう。
『多様な社会はなぜ難しいか
日本の「ダイバーシティ進化論」』
(日本経済新聞出版)
水無田気流 著
#MeToo、LGBT、五輪組織委員会問題など…、ジェンダー平等がいまだ社会に根づかず、ジェンダーギャップ指数が先進国で最下位の日本。なぜ、日本にはダイバーシティが定着しないのか。そもそも、ダイバーシティとは何なのか。近年話題を呼んだトピックをもとに、これからの社会や経済を考えるきっかけとして、ぜひ手に取ってみてください。